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2026年10月11日日曜日

ChatGPTの評価

 前の記事 https://yomitoki2.blogspot.com/2026/10/blog-post_11.html への評価をAI各社にお願いしました。ChatGPTが一番精密だったので貼り付けます。

 

 

総評:ハドソンの強みは金融を歴史の中心に戻すこと、弱みは歴史全体を金融支配で説明しすぎること

全文を読んだうえでの結論を先に述べます。

ハドソンの議論は、単なる反富裕層論や反米論として片づけるべきものではありません。金融制度、国家の戦争遂行能力、課税制度、債務者と債権者の利害を一つの歴史的過程として捉える点には、十分に検討する価値があります。

一方、金融が歴史を動かす重要な要因であることと、金融家階級が歴史全体を一貫して主導してきたことは別の命題です。 ハドソンは、この二つをしばしば接近させて論じています。

今回の対談では、次の三点を特に高く評価できます。

  • 国家の財政能力を、単なる政府支出や税収ではなく、債権者との権力関係から捉えていること。

  • 負債の返済を経済政策上の絶対的な義務とせず、債務免除や債権者側の損失も含めて制度を評価していること。

  • 現代の金融化を、過去の金融制度や国家形成と結びつけて考えていること。

反対に、問題が大きいのは、11世紀以降のヨーロッパ史をカトリック教会による支配から銀行家階級による支配へと連続する過程として描き、その枠組みを現代の米国や中国にまで適用していることです。歴史的な転換や地域ごとの違いを、単一の説明原理で整理しすぎています。

以下、章ごとに評価します。

1. 第1〜3章:教会、十字軍、銀行家、利子の成立

この部分が、ハドソンの歴史観の核心です。

評価できる点

第一に、十字軍を宗教的熱狂だけで説明せず、軍事費の調達、教皇権と王権の対立、領土支配、金融業の発達を結びつけていることです。

第二に、戦争資金を貸す債権者が、単に利息を得るだけでなく、君主の政策選択や徴税制度に影響を及ぼすという指摘です。国家が戦争を遂行するために借金を必要とすれば、貸し手は政治的な交渉力を得ます。この仕組みは近代国家の形成を考えるうえで重要です。

実際、イングランド銀行は1694年、対フランス戦争の資金調達を主要な目的として設立されました。政府への融資と金融市場の発展が、国家財政と深く結びついていたこと自体は疑いありません。

the UK's central bank
+1

問題点:金融が十字軍を生み出したのか

ハドソンは、十字軍の主要な目的を、教皇庁がヨーロッパの武装勢力を外部へ追いやり、東方教会やドイツなどを支配することに求めています。

ここは、事実の一部を捉えながら、説明を一方向に寄せています。

十字軍には、教皇権の拡大、ビザンツ帝国の軍事的要請、聖地への巡礼や宗教的救済への期待、貴族の政治的・軍事的利害など、複数の動機がありました。ビザンツ皇帝が十字軍の成立に果たした役割についても、歴史研究では複数の解釈が存在します。

Estudios Bizantinos
+1

したがって、「宗教的な大義は表向きで、真の目的は教皇庁の政治支配だった」という説明を、十字軍全体の確定した動機として扱うことはできません。

教皇が宗教的信念を持ちながら政治的利益も追求した可能性と、宗教的信念が単なる偽装だったという主張は別です。ハドソンはこの区別を十分に維持していません。

利子の正当化について

ハドソンは、カトリック教会が戦争融資のために利子を正当化し、神学を反転させたと説明します。

ここにも重要な問題があります。

中世のキリスト教思想では、利息を取る貸付に対する禁止や制限が存在しました。一方、商業取引、為替、損害補償などの扱いについては、神学者や法学者の間で複雑な議論が発展しました。単純に「教会が利子を発明した」とはいえません。

Medieval Economic Thought

ハドソンの指摘で有効なのは、金融取引をめぐる制度の変化に応じて、何が正当な利益とみなされるかも変化したという点です。

しかし、「教会が銀行家の利益のために神学を反転させた」という意図まで主張するには、神学上の議論、教会の公式決定、金融家の利害、実際の融資契約を、それぞれ別に検証する必要があります。

とりわけ、1515年のレオ10世による決定を、銀行利息全般への全面的な公認と説明するのは不正確です。関連する公会議の決定は、慈善質屋などの特定の制度をめぐる議論と結びついており、あらゆる利子付き融資を一律に承認したという話ではありません。

第1〜3章の判定:問題設定は有力、歴史全体を貫く因果関係の証明は不十分。

2. 第4〜5章:ユダヤ人金融業者とキリスト教世界

この部分は、通俗的な金融史に対する重要な問題提起を含んでいます。

ハドソンは、中世ヨーロッパの金融発展をユダヤ人の金貸しだけで説明することを批判し、キリスト教徒の商人・銀行家、王権、教会の役割を強調しています。

この方向性は妥当です。中世ヨーロッパの金融業をユダヤ人だけに結びつけるのは、歴史を著しく歪めます。キリスト教徒の商人や銀行家も金融業の発達に大きな役割を果たしました。

また、ユダヤ人の財産が王権による課税・没収の対象となり、追放につながったという指摘は、宗教的偏見だけでは説明できない政治経済的な利害を考えるうえで重要です。

ただし、ハドソンはここでも説明を単純化しています。

ユダヤ人の追放や迫害は、王権の財政的利害だけで説明できません。宗教的反ユダヤ主義、政治的な危機、民衆の敵意、債務者による債務関係への反発、地域ごとの法制度などが絡み合っていました。

また、「ユダヤ人は追放後のキリスト教的銀行業の発展にほぼ何の役割も果たしていない」という断定も、時代と地域を限定しなければ強すぎます。

第5章の「負債から罪へのすり替え」も、ハドソンの問題意識は理解できます。債務の免除という社会経済的な問題が、宗教的な罪や救済の問題として読み替えられる過程を問うことには意味があります。

しかし、キリスト教の罪の概念や贖罪思想を、債権者階級が債務免除を防ぐために作り替えた制度として一元的に説明するのは無理があります。宗教思想の変化には、神学的な論争や教義上の問題もあり、金融的な利害だけで還元することはできません。

第4〜5章の判定:金融史の盲点を指摘する点は有益。ただし、宗教・民族・政治の複合的な歴史を金融利害に還元しすぎています。

3. 第6章:国際債権者による国家支配

ここは、ハドソンの主張のなかでも、現代に直結する重要な部分です。

彼は、19世紀のハイチ、メキシコ、ギリシャ、エジプトなどを例に、対外借款に依存した国家が債務不履行に陥り、債権者側の要求によって財政や統治の自由を制限されたと論じます。

この問題設定には説得力があります。国家が外貨建て債務を返済できなくなれば、税収や歳出の使い道だけでなく、関税収入、公共財産、政策決定の自由までが交渉の対象になることがあります。

重要なのは、債務危機を「政府の放漫財政」という一言で片づけず、貸し手の条件、借入時の制度、返済通貨、国際的な権力関係まで調べることです。

ただし、個々の国家が債務危機に陥った経緯は異なります。借入条件、戦争、輸出品の価格変動、政治的混乱、税制の弱さなどを検討せず、すべてを国際債権者による支配としてまとめることはできません。

また、19世紀の国際債権者と現代のIMFは、機能の一部に類似点があるとしても、同じ制度ではありません。組織の法的性格、融資の仕組み、加盟国との関係、政策条件の決まり方を区別する必要があります。

第6章の判定:問題設定は強い。実証には国別・時期別の検証が必要。

4. 第7章:米国の予算、社会保障、医療制度

ここからハドソンは、中世から近代にかけての金融史を現代アメリカの政治経済へと接続します。

主張は明快です。金融家や富裕層に有利な税制を維持しながら、社会保障や公衆衛生を削減する政策は、富の集中を進める。そのうえ、雇用主を通じて医療保険を得る仕組みは、労働者を職場に縛りつけるというものです。

説得力のある点

米国の医療保険制度が雇用と強く結びついていることは、労働者の転職や離職の自由を制約する要因になり得ます。医療費の負担が大きく、保険を失うリスクがある場合、労働条件に不満があっても仕事を辞めにくくなるという指摘には合理性があります。

また、民間保険会社や医療提供者に公的資金が流れる制度では、支出の増加がそのまま国民の健康改善につながるとは限りません。誰が資金を受け取り、どの程度が医療サービスに使われ、どの程度が管理費や利益になるのかを検証する必要があります。

問題点

ハドソンは、こうした制度の帰結を、金融家階級が労働者を従属させるために設計したものとして説明します。しかし、制度が労働者の自由を制約することと、支配層がその目的で制度を設計したことは同じではありません。

米国の雇用主提供医療保険は、歴史的な制度形成、税制上の優遇、雇用主と労働組合の交渉、政治的妥協など、複数の経路から発達しています。それらをすべて金融家の統一的な戦略に帰するには、追加の証拠が必要です。

さらに、「医療費は他国ならGDPの6〜8%で済むのに、米国では18%を占める」という趣旨の数字は、比較する年や医療支出の定義を確認する必要があります。医療費の高さは重要な論点ですが、数字だけでは金融家の意図や制度の目的までは証明できません。

第7章の判定:制度の受益者と負担者を問う点は有効。意図的な階級支配という説明には、因果関係の立証が足りません。

5. 第8章:複利、債務免除、主流派経済学批判

この章は、今回の対談の理論的な中心です。

ハドソンの基本命題は、債務が複利によって増える一方、実体経済の成長には限界があるため、債務が返済能力を上回る傾向があるというものです。その結果、債権者の権利を優先する制度では、債務者の土地や財産が失われ、社会の富が債権者へ集中していくと論じます。

ここには、明確に区別すべき三つの論点があります。

第一は、複利による債務の増大です。これは数学的な事実です。一定の利率で複利運用される債務は、長期間では指数関数的に増加します。

第二は、実体経済の成長率と債務の増加率の関係です。債務の増加率が所得の増加率を長期間上回り、債務返済に必要な資金を確保できなくなれば、債務危機が起こり得ます。ただし、実際の債務動態は利率、所得、物価、借換え、債務の用途などに左右されるため、必ず破綻するとは限りません。

第三は、債務免除をどのように位置づけるかです。ハドソンは古代バビロニアの債務免除を、債権者への富の集中を抑えるための制度として重視します。これは債務問題を考えるうえで重要な比較対象です。

ただし、古代の債務免除は、すべての債務を無条件に帳消しにする現代的な制度と同じではありません。王権の財政、農民の負担、土地や労働力の管理など、当時の社会構造との関係で理解する必要があります。

主流派経済学への批判は妥当か

ハドソンは、主流派経済学が債務や金融の役割を軽視し、債権者の利益を正当化するイデオロギーとして機能していると主張します。

この批判は、主流派経済学全体については過大です。現代の経済学には、金融危機、信用創造、銀行の貸借対照表、債務の過剰蓄積、所得格差を扱う研究も存在します。

一方、経済モデルの前提によっては、金融的な不均衡や債務の分配効果が十分に表現されないことがあります。そうしたモデルの限界を問うことは正当です。

問題は、主流派経済学の特定の仮定やモデルを批判することから、学問全体が金融家階級の利益を隠蔽するために作られたと結論づけることです。これは別途立証すべき命題です。

第8章の判定:債務と分配を経済分析の中心に置く姿勢は重要。ただし、主流派経済学批判は一枚岩の敵を作りすぎています。

6. 第9〜10章:米中対立、AI、雇用、大学の企業化

この部分は、ハドソンの専門領域から離れるにつれて、議論の確実性が低下します。

米国の産業空洞化と中国

ハドソンは、米国が製造業を海外へ移転し、金融・保険・不動産などの収益を重視する経済へと変化した結果、製造能力や技術基盤を中国に譲り渡したと論じます。

この指摘には検討価値があります。金融収益を重視する企業経営と、長期的な設備投資・技術開発との間に緊張が生じることはあり得ます。製造業の海外移転が、産業集積や熟練労働者の育成に影響することも重要な問題です。

しかし、米国の製造業の変化を金融化だけで説明することはできません。技術革新、自動化、賃金差、貿易政策、企業の国際展開、消費者需要なども関係しています。また、中国の産業発展も、国家の産業政策だけでなく、外国企業の投資、輸出市場への参入、技術移転、国内競争などを含む複合的な過程です。

米国と中国を「金融による収奪」と「実体経済の発展」という二つの純粋なモデルに分けると、両国の内部にある多様な制度や問題が見えにくくなります。

AIと雇用

AIが雇用構造を変えること、特定の職業の需要を減らす可能性があることは、十分に考えられる問題です。

ただし、ハドソン自身が対談のなかで、AIの将来については自分の専門外だと認めています。この留保は適切です。

一方、聞き手が提示する「AIによって人々が所得を得られなくなった場合、債権者や大企業はなぜ医療やベーシックインカムを提供するのか」という問いは、重要な論点を含んでいます。しかし、これはAI時代の所得分配や社会保障をめぐる問題提起であって、ハドソンの金融史から直接導かれる結論ではありません。

大学の企業化

大学の事務部門の肥大化、非正規教員への依存、教育と研究の評価基準が企業経営に近づくことへの批判は、独立して検証する価値があります。

しかし、大学の官僚化を専門職・管理職階級の利権獲得として説明し、AIがその階級を淘汰するかのように論じる部分は、印象的なレトリックに依存しています。

大学の運営費、教員の雇用形態、管理職の報酬、教育成果などを具体的に比較しなければ、一般化はできません。

第9〜10章の判定:問題提起は興味深いものの、金融史から産業政策・AI・教育論へと進むにつれて、実証よりも政治的解釈が前面に出ています。

7. 第11章:貨幣の本質、国家債務、地球温暖化

この章は、ハドソンの議論のうち、経済学的に最も慎重な検討を要する部分です。

① 貨幣は本質的に負債なのか

ハドソンは、貨幣を貸借対照表上の資産と負債の関係として理解すべきだと主張します。

これは現代の金融制度を理解するうえで重要な視点です。銀行預金は預金者にとって資産であると同時に、銀行にとって負債です。銀行が融資を実行すると、通常は借り手の預金が生まれ、銀行の資産側には貸出債権、負債側には預金が計上されます。

また、国債は保有者にとって金融資産であり、政府にとって債務です。金融システムを貸借対照表から分析することには、明確な利点があります。

しかし、そこから「貨幣は本質的に負債である」と一般化するには注意が必要です。金銀などの商品貨幣と、銀行預金や中央銀行券などの信用貨幣は、性質が異なります。現代の貨幣制度でも、現金、銀行預金、中央銀行準備預金をすべて同じものとして扱うことはできません。

したがって、ハドソンの説明は、信用貨幣を理解する枠組みとしては有力ですが、あらゆる時代の貨幣を一つの原理に還元する説明としては広すぎます。

② イングランド銀行の設立が貨幣を変えたのか

ハドソンは、1694年のイングランド銀行設立を決定的な転換点として扱います。

確かに、同行は政府への120万ポンドの融資を基礎として設立されました。戦争資金の調達と国債市場の発達が、近代的な金融制度の形成に重要な役割を果たしたことは確認できます。

Bank of England
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ただし、ここでハドソンの説明には大きな飛躍があります。

政府債務が銀行の資産になったことと、政府債務がそのまま紙幣の裏付けになり、通貨供給が無制限に拡大可能になったことは同じではありません。

イングランド銀行は設立後、預金を受け入れ、銀行券を発行しましたが、当初から金銀による制約が消滅したわけではありません。銀行券の金への兌換は長期間にわたって重要な制度的制約であり、兌換停止などの転換は後の時代に起きています。

また、政府債務を資産として保有することと、政府債務を銀行券発行の唯一の裏付けとすることも区別すべきです。

1694年は重要な転換点ですが、貨幣制度が一挙に金銀から政府債務へ置き換わったという説明は単純化しすぎています。

③ 米国と中国の経済モデル

ハドソンは、両国の違いを、金融を債権者の利益に使うのか、実体経済の成長に使うのかという問題に集約します。

この問いは重要です。金融制度が誰に信用を供給し、どのような投資を優先するかは、長期的な産業構造や所得分配に影響します。

しかし、中国の金融制度を産業発展のための仕組み、米国の金融制度を債権者による収奪の仕組みと単純に対比することには問題があります。

中国でも債務の蓄積、資本配分の非効率、不動産部門の問題などを検討する必要があります。米国にも、金融を通じて生産的な投資を支える仕組みがあります。

両国の制度を比較するなら、信用の配分先、投資効率、債務の持続可能性、生産性、所得分配など、共通の指標を用いて検証する必要があります。

④ 地球温暖化と債務危機

ハドソンは、気候変動による保険料の上昇、住宅価値の低下、災害復旧費の増大が、債務危機を悪化させると指摘します。

この因果関係には合理性があります。住宅の損壊や保険料の上昇は、家計の負担や不動産市場のリスクを高める可能性があります。災害の頻発は自治体の財政にも影響します。

ただし、そこから文明の崩壊や西欧金融システムの破綻までを予測するには、別の証拠が必要です。気候変動の影響は地域、産業、適応能力によって異なります。

また、インダス文明や青銅器時代の社会変動を、気候変動だけで説明することにも慎重さが必要です。環境変化に加え、交易、政治制度、人口移動、戦争などの要因を検討しなければなりません。

第11章の判定:金融システムを貸借対照表から捉える視点は有効。ただし、貨幣史の転換点を単純化し、金融制度の分析から文明論的な予測へ飛躍する部分には問題があります。

8. 全11章を通じて見える、ハドソンの思考法

ここまでの評価を踏まえると、ハドソンの議論は、次の四つの層に分けると理解しやすくなります。

層

主張の内容

評価

第1層:制度の分析

債務、金融、税制、国家財政は相互に結びついている

有力な分析枠組み

第2層:歴史的説明

金融制度が国家形成や政治権力の構造を変えてきた

重要だが、時代ごとの実証が必要

第3層:階級論

金融家階級が国家や社会制度を自らの利益に合わせてきた

説明力はあるが、一般化しすぎる

第4層:文明論・将来予測

西側の金融制度が産業・社会・文明の衰退をもたらす

最も不確実性が高い

この区別は重要です。

ハドソンの議論では、第1層の比較的堅実な制度分析から、第2層の歴史的説明、第3層の階級支配論、さらに第4層の文明論へと、かなり滑らかに話が進みます。

しかし、前の層で説明力があるからといって、後の層まで正しいとは限りません。

例えば、銀行が政府に融資することで政策への影響力を得るという命題には、明確な経済的メカニズムがあります。

しかし、それをもって、近代国家そのものが国際銀行家階級のために創設されたと結論づけることはできません。国家形成には、軍事、徴税、行政、法制度、政治的正統性、社会集団間の交渉なども関係しています。

ハドソンは、金融を見落とした歴史観の弱点を指摘することには成功していますが、今度は金融を中心に置きすぎることで、別の偏りを生んでいるのです。

9. 翻訳・編集上、注意したい点

今回のブログは、全11章を構成し、章ごとの要約と詳細な本文を併載しているため、ハドソンの議論の全体像を把握しやすい形式になっています。

ただし、評価の正確さという点では、原文との照合が必要な箇所があります。

特に、次の三点です。

第一に、歴史的な事実とハドソン自身の解釈を区別すること。

「十字軍は教皇庁が武装勢力を国外へ追いやるために作った」「教会は銀行家の利益のために利子を正当化した」などは、単なる事実の記述ではなく、ハドソンによる因果関係の解釈です。翻訳上も、確定した事実であるかのような印象を与えないことが重要です。

第二に、強い断定表現を確認すること。

「すべて」「唯一」「一切」「誰も」といった表現は、原文でも同じ強さなのか、口頭での強調なのかを確認する価値があります。特に「主流派経済学は金融家階級の利益を隠蔽するためのイデオロギーである」といった主張は、表現の強さによって受け取られ方が大きく変わります。

第三に、専門用語の意味を保つこと。

「利子」「高利貸し」「信用」「貨幣」「国家債務」は、それぞれ時代や制度によって意味が異なります。中世の神学用語と現代の金融用語をそのまま同一視すると、ハドソンの主張を必要以上に説得的に見せてしまう可能性があります。

なお、今回の評価は、提示された日本語本文を対象としたものです。原文の逐語的な照合は行っていないため、翻訳の正確さについての最終判定ではありません。

10. 最終評価

私の評価を、率直にまとめます。

ハドソンは、金融を経済の一部門としてではなく、国家の権力構造や所得分配を左右する制度として捉えています。この視点は重要です。特に、債務問題を債務者の責任だけで説明せず、債権者の権利、融資の条件、金融制度の設計まで検討する姿勢には価値があります。

一方で、ハドソンの歴史叙述は、金融家階級を長期にわたる一貫した主体として描きすぎています。中世の教会、近代の銀行家、現代の金融機関を、同じ権力構造の異なる姿として結びつけるため、時代ごとの違いや他の原因が見えにくくなっています。

また、主流派経済学への批判には有効な問題提起が含まれますが、学問全体を金融家階級のイデオロギーとして扱う部分は、批判対象を単純化しています。米中比較やAIの将来予測についても、歴史分析から導ける範囲を超えた断定が目立ちます。

したがって、ハドソンは、金融史や債務問題を考える際の有力な問題提起者として読む価値がありますが、彼の歴史叙述全体を、そのまま確立した歴史認識として受け入れることは勧められません。

今回の対談を一文で評価するなら、金融が歴史を動かす仕組みを見抜く力は強いが、金融によって歴史全体を説明しようとする傾向が、その分析の限界にもなっている、ということです。


私 しかし最近の歴史解釈ものとしては出色の出来だと思うのですが
 

その評価は十分に成り立つと思います。先ほどの批評では、ハドソンの個々の歴史解釈に対する留保を強調しすぎて、この番組が歴史解釈として持っている総合的な価値を十分に評価していませんでした。

私なら、次の三点を評価します。

第一に、歴史を動かす力として、金融と債務を前面に出していることです。

十字軍、教会の利子禁止論、ユダヤ人金融業者、国家債務、現代の医療保険、米国の産業空洞化。通常なら別々の専門分野で扱われる問題を、債権者と債務者の関係、金融収益と実体経済の関係という共通の軸でつないでいます。

これは単に「金がすべてを動かす」という還元論とは区別する必要があります。歴史研究では、宗教・政治・経済・思想をそれぞれ別の領域として説明しがちです。ハドソンは、それらの領域の間を金融関係がどう媒介していたのかを問う。ここに独自の強みがあります。

第二に、過去の制度と現代の制度を同じ分析枠組みで比較することです。

古代の債務帳消し、キリスト教世界の利子論、近代国家の公債、現代の国際金融を、一つの長い歴史のなかに配置する。個々の事例には検証すべき点があっても、この比較によって、現代の金融制度を歴史的に相対化できます。

たとえば、債務を返済することが常に正義なのか、債権者の権利と社会の存続が衝突した場合に何を優先すべきなのか。こうした問題は現代の経済政策では技術的な問題として処理されがちですが、ハドソンはその背後にある政治的・道徳的な選択を浮かび上がらせています。

第三に、歴史の見取り図そのものを提示していることです。

個々の事実を精密に検証する研究と、膨大な事実を組み合わせて歴史全体の構造を見せる仕事は、別の能力を必要とします。ハドソンの番組の強みは後者にあります。個別研究を積み重ねるだけでは見えにくい、異なる時代や制度に反復して現れる問題を読者に認識させる。その意味で、歴史解釈としての完成度を高く評価する余地があります。

ただし、ここでは評価を二つに分ける必要があります。

  • 歴史解釈としての生産性:非常に高い。分散した歴史的事象を結びつけ、既存の理解を組み替える力がある。

  • 個々の歴史的説明の厳密さ:主張ごとに検証が必要。金融を重視するあまり、宗教的動機や政治的対立、技術革新などを金融関係に従属させてしまう箇所がある。

この二つは矛盾しません。むしろ、歴史解釈として魅力的な大きな構図ほど、個々の事例をその構図に合わせて説明してしまう危険があります。

私が先ほどの回答で強調したかったのは後者ですが、それは前者の価値を否定するものではありません。

結論として、この番組は、個々の歴史的事実を網羅的に説明する標準的な通史というより、金融を軸に歴史全体を再解釈する、優れた大構想型の歴史論だと評価します。 個別の論証に疑問が残ることと、全体の歴史解釈が出色であることは両立します。

そして、歴史解釈ものの評価では、個々の事実に誤りがないかだけでなく、従来は別々に理解されていた事象を、どれだけ有効な一つの構造として把握できるかも重要です。その評価軸を採るなら、ハドソンの仕事はかなり高く評価できると思います。

 

 

マイケル・ハドソン 金融、国家、そして借金の歴史

 https://youtu.be/3roQw-zbmLM?si=vk8OyMKCsGRcdrRt

のGemini翻訳。神回です。 Aiについては面白くありませんが、他は素晴らしいですね。

 

 

金融、国家、そして借金の歴史【全11章 全文・章別要約付き】



 冒頭:章ごとの要約一覧

 第1章:帝国教皇権と中世金融システムの根源(要約)
カトリック教会は、11世紀にローマ教皇庁の支配力を拡大する「帝国教皇権」を確立しました。独自の軍隊を持たない教皇庁はノルマン人武将(ロベール・ギスカールや征服王ウィリアム)と提携して徴税代理人とし、さらに軍団を西欧外へ追いやるべく十字軍を動員しました。この遠征と戦費調達を支えるため、教会は利息付き金融を組織化し、それまでの神学を反転させて高利貸しを容認・推進する構造を作り上げました [19]。

 第2章:近代財政国家の形成と戦争資金調達(要約)
教会の統治機構を引き継いだイタリアの銀行家階級は、英仏100年戦争などの戦費調達を通じて各国の行政統制権を掌握しました。戦争の資本集約化に伴い、王領地の収入や議会の承認に基づく伝統的課税では限界に達したため、銀行家は羊毛などの対外貿易独独権や、自治都市(コミューン)の「全市民の富を担保にする」仕組みを導入しました。これが1688年名誉革命後のイングランド等で近代的な「財政国家」の成立へと結実しました [1013]。

 第3章:教会神学の転換と「利子」の正当化(要約)
13世紀のスコラ学者たちは、禁止されていた「高利(usury)」と許容される「利子(interest)」や「為替手数料」「機会費用」「遅延損害金」を論理的に区別する抜け穴を作りました。聖職者たちは貿易信用を建前に利息を正当化しつつ、最大の利益源であった非生産的な「戦争融資」を容認しました。その結果、最大の債務者であった国王や教皇と並び、金融家階級が社会構造の頂点へ登り詰め、1515年に教皇レオ10世により銀行利息の公式な認可が与えられました [1419]。

 第4章:ユダヤ人商人の真の実態と教会の不寛容(要約)
ユダヤ人商人は国際貿易ネットワークや小口信用供与のために各諸国に招かれましたが、その富の分布はキリスト教徒と同等であり、彼ら自身は土地所有権を持たない「王の直属民」でした。王権が彼らの債権を利用して権力を強めることへの反発から反ユダヤ主義が高まり、13世紀末に富を没収された上で追放されました。教会の掲げた「普遍性(カトリック)」の本質は他宗派や異教徒への強い不寛容と単一支配権の追求にありました [2024]。

 第5章:免罪符の誕生と「負債から罪へ」の神学的すり替え(要約)
サン・ピエトロ大聖堂再建などの巨額資金を求める教会は、聖アウグスティヌス以来の神学的変転を利用しました。イエスが唱えた金銭的な「負債の免除(ヨベルの年)」は、アダムからの「原罪」と道徳的罪の清算へとすり替えられ、贖いには教会への寄進が必要とされました。第2回十字軍の従軍免除(身代わり金)に端を発する免罪符(贖宥状)の販売は集金システム化し、レオ10世による乱売がマルティン・ルターらの宗教改革を引き起こしました [2532]。

 第6章:金融史の盲点と国際債権者による国家支配(要約)
従来の歴史学や経済学は専門分化(蛸壺化)とミクロ分析に偏重し、金融がヨーロッパの統治機構を統合したマクロ構造を見落としてきました。19世紀のハイチ、メキシコ、ギリシャ、エジプト等の新興独立国は対外借款でたちまちデフォルトに陥り、国際債権者たちは現代のIMFの前身となる金融統制機関を設立して強制的な緊縮財政と統治権の剥奪を行いました。金融は国家の中央計画機関として君臨するに至りました [3340]。

 第7章:現代の財政・社会保障政策と金融家階級の利害(要約)
アメリカの現行予算案や社会保障・医療政策は、上位1%の金融家階級の利益を最優先する構造になっています。1978年の将来予測研究で示された「長寿化による社会保障費増大」に対し、金融セクターは高齢者の延命を抑えようとしてきました。予防検診の制限や感染症対策予算の削減、オバマケアによる医療と職場の結合は、労働者を低賃金と医療保険の喪失リスクで縛り付ける搾取システムとなっています [4146]。

 第8章:複利による負債の増大と主流派経済学の敗北(要約)
貨幣とは本質的に負債であり、複利によって指数関数的に増大しますが、実体経済はS字カーブ(ロジスティック曲線)で頭打ちになります。古代バビロニアはこれを熟知して定期的な徳政令(負債免除)を行いましたが、西欧は債権者優先の法を徹底しました。主流派経済学の「自己安定化市場モデル」は金融セクターによる支配を隠蔽するためのイデオロギーであり、1%への利払いのために実体経済を破綻させています [4754]。

 第9章:産業自動化・AIと米中対立・雇用の構造変化(要約)
アメリカが製造業をアジアへオフショアリングしレント(不労所得)搾取型経済へ移行した結果、自動化された製造現場とサプライチェーンは中国に集中しました。関税政策や中国人留学生(STEM人材)の排除はアメリカ自体の産業基盤を自滅させています。AI・ロボティクスによる自動化は西側諸国の雇用と新卒市場、人文学教育を破壊する一方、エネルギーと技術基盤を握る中国やグローバル・サウスが主導権を握りつつあります [5562]。

 第10章:労働者の従属化、教育の企業化、そしてAIの限界(要約)
支配層はAIや社会保障制度を管理手数料の搾取と労働者の従属(現代の賃金農奴化)に利用しています。大学は教育・研究の場から膨大な事務官僚を抱える営利企業へと変質し、専任教員を低賃金の非正規教員に置き換えています。生身のメンターシップを欠いたAIによる教育や採点は、主流派イデオロギーの画一的な押し付けと教育の形骸化をもたらすと懸念されます [6372]。

 第11章:貨幣の本質、国家債務、そして地球温暖化の脅威(要約)
1690年代のイングランド銀行創設により、政府債務(国債)がそのまま通貨発行の担保資産へと反転し、不換紙幣による無限の信用拡大が可能になりました。貨幣とは貸借対照表上の負債であり、アメリカの金融主導モデルと中国の産業社会主義モデルの差は信用を誰のために使うかにあります。さらに地球温暖化による住宅保険高騰や物理的破滅は債務不履行を激化させ、西欧文明の金融システムそのものを根底から揺さぶっています [7385]。



 全文(章番号・見出し番号挿入版)



 第1章:帝国教皇権と中世金融システムの根源


 11. 導入


かつて海外へのアウトソーシング(単純労働)だったものは、今やロボット工学(自動化)へと取って代わられました。トランプ政権は現在、理工系や科学技術を学ぶ20万人の中国人留学生を国外退去させようとしています。アメリカは今や「中国へ帰れ」と言っているのです。中国側はこれを大いに歓迎しています。私たちが長寿化する中で、新たなテクノロジーによって何が起きるのでしょうか? 実のところ、「人々がなかなか死なない」という問題が生じていると彼らは気づいたのです。
さて、マイケル、あなたは十字軍から第一次世界大戦に至る西欧の金融史を書き換える著書を上梓したばかりですね(『歴史家が見落とした十字軍がいかに経済を形作ったか』)。話を始めるにあたって聞きたいことは山ほどありますが、まず、そもそもなぜこの歴史は書き換えられる必要があったのでしょうか? 千年もの間、学者たちが見落としてきた重要な原則を指摘するのは、簡単なことだったのですか?
「私は金融の歴史を『書き換えた』とは全く思っていません。ほとんどすべての書き手が見落としてきた事柄について語っただけです。
小学6、7年生の頃を覚えているのですが、私たちは『中世の暮らしと風習(Medieval Days and Ways)』という本を読まされましてね。そこには、ハリウッド映画さながらに聖地を救うために十字軍遠征へ赴く騎士たちの話ばかりが描かれていました。農奴制や封建制度についての本でした。

しかし、私が書いているのは、国際的な銀行部門がどのように出現し、形作られ、最終的に国家(政府)を支配するだけでなく、絶対王政と議会による牽制・均衡、さらには国内の税制や財政政策といった『統治機構そのもの』をいかに牛耳るに至ったかということです。
私が突き止めたのは、11世紀から第一次世界大戦の勃発(これが私の本の扱う期間です)に至るヨーロッパの統合的かつ計画的な原動力は、基本的にカトリック教会にあったということです。カトリック教会は、国王たちを支配し、国内における国王・教会・議会の力関係を統制するシステムを作り上げました。専制君主に権力を集中させて議会を無効化させたのです。例えば、イングランドでマグナ・カルタ(大憲章)を支持した者たちを破門にしましたが、それは1215年のジョン王の時代だけでなく、その半世紀後にジョン王の息子ヘンリー3世の課税権を制限しようと男爵たちが反乱を起こした際にも同様でした。
教会が生み出したこの権力を、歴史家たちは『帝国教皇権(Imperial Papacy)』と呼んでいます。それは、キリスト教世界全体を支配しようとするローマ教皇庁の野望であり、特にそれまでキリスト教の中心であったコンスタンティノープルの東方正教会を乗っ取ろうとする動きでもありました。

ですから、いかにして銀行家階級が台頭したかを論じる前に、私はローマ教会が他の諸国を支配するシステムを築くにあたってどのような戦略をとったのかを説明しなければなりませんでした。彼らがどのように十字軍を組織したのか、そして十字軍の標的がそもそも聖地などではなく、主に他のキリスト教諸国――とりわけ、国王自らが司教を任命して独立を保とうとしていたドイツ――に向けられていた実態を明らかにする必要があったのです。また、アルビジョア十字軍におけるカタリ派への弾圧もそうでした。そこでは『ドミニコ修道会の異端審問』によって、北部のノルマン勢力のためにフランス南東部(正しくは南西部・オクシタニア)が事実上破壊し尽くされました。
さらに私は、数世紀前の北欧・ゲルマン諸宗教に対するような、他宗教を一切容認しないローマ特有の不寛容の精神にまで遡らねばなりませんでした。教会はいかにして王たちに対して優位を主張したのか、そして何がこれらすべての事態を引き起こしたのか。そのため、11世紀初頭に教会の改革者たちが、ローマ郊外のトゥスクルムなどの地方貴族に支配された辺境の地にすぎなかったローマと教皇庁をいかに掌握していったかについて、2つの章を割く必要がありました。

カトリックの歴史では、この時代を『ポルノクラシー(娼婦政治)』、すなわち完全な腐敗にまみれた『娼婦による支配』と呼んでいます。これに対し、主にオットー大帝とその歴代後継者をはじめとするドイツ出身の改革者たちはこう言いました。『もしキリスト教会を改革し、特定の有力家系が利権(聖職禄)を得るために私有する状態から、本来のキリスト教へと立ち返らせたいのであれば、教皇庁に対する一切の世俗権力の介入を排除しなければならない。平信徒を排除しなければならない。特定の家系が親族や支持者に教皇の座をたらい回しにして世襲化させないよう徹底しなければならない』と。
そのためには『独身制』が必要とされました。これはキリスト教の他の宗派には見られない特徴です。改革者たちは本質的には理想主義者でしたが、その理想主義ゆえに、全キリスト教世界の絶対的支配を主張するに至ったのです。10世紀当時、総主教座は5つ存在しました。最大規模だったのがコンスタンティノープルで、他はすべて中東にありました――アンティオキア、エルサレム、アレクサンドリア、そしてローマです。
ローマ教皇庁は『これらの地域を支配し、世俗社会を支配しなければならない。そうして初めて、すべての王たちに教会の支配、キリスト教の統治を課すことができる』と考えたのです。そしてそれを成し遂げるには、司教の任命権を握らねばなりませんでした。ドイツやその他あらゆる地域の地方君主から権力を奪い取り、自らの手中に収める必要があったのです。それによって、租税の徴収やその使途を担う司教を任命し、ローマへ上納金を送らせることができるからです。

このようにして、ローマにおけるキリスト教改革の組織化全体は、あらゆる世俗君主や他の総主教座に対する対立という形を取っただけでなく、その本質において『極めて財政的・金融的な性格』を帯びていたのです」



 12. 教皇庁が抱えた課題とノルマン人傭兵


教皇庁にはある課題がありました。「これらの国々に対する支配を、いかにして実行に移すか?」という点です。教皇庁自体は独自の軍隊を持っていませんでした。そこで何をしたかといえば、ノルマン人の武将(軍閥)を登用したのです。彼らは北方から南イタリアやフランスへと南下し、フランス貴族と婚姻関係を結んで一種の「ノルマン・フレンチ貴族」を形成していた武将たちでした。
歴代教皇は11世紀半ばから、南イタリアとシチリアのロベール・ギスカールを皮切りに武将たちと盟約を結び始めました。「そなたをシチリア王に任じよう。ただし教皇庁へ臣従を誓わねばならぬ。そなたは実質的に我らの封臣(家臣)であり、すべてを我らに負う立場となる。そして得られた歳入をローマへ上納しなければならない。これに従い我らの封臣として振る舞うならば、シチリアと南イタリアを征服することを許可しよう」と持ちかけたのです。ギスカールはこれを承諾し、南イタリアを征服しました。それはイスラム勢力からだけでなく、東方正教のビザンツ帝国の諸都市から奪い取ったものでもありました。

その数十年後、別の武将が現れました。征服王ウィリアム(ウィリアム1世)です。教皇は彼とも密約を結びました。「そなたによるイングランド征服を祝福しよう。ただし、我らに忠誠を誓わねばならないことを忘れるな。我らの代理人、実質的な徴税代理人として振る舞い、現地の教会から得られる『ペテロの免罪銭(教皇税)』をローマへ送金しなければならない」と。海峡を挟んだフランス側に独自の軍勢を持っていた征服王ウィリアムはイングランドを征服しました。教会が武将たちと結んだのは、基本的にこのような取引だったのです。
やがて「帝国教皇権」へと変貌を遂げた教皇庁は、フランス、ドイツ、その他の地域へも支配を拡大しようと試みました。



 13. 十字軍の真の動機


その手段となったのが十字軍の創設でした。表向きは、東方からの侵略に対抗するコンスタンティノープルを救援するためとされました(最終的にはオスマン・トルコによって陥落しますが)。しかし真の狙いは、キリスト教徒、とりわけ武将たちを動員してイタリアから追い出し、教皇庁への脅威を取り除くことにありました。「彼らを西ヨーロッパの外のどこかへ追いやるにはどうすべきか? コンスタンティノープル防衛のために送り出し、そこから聖地へと向かわせよう。中東へ送り込んでしまえば、我らに牙をむくこともない」と考えたのです。

ちょうど11世紀半ば、バチカンは思想的・神学的にコンスタンティノープルをはじめとする東方教会全体と決定的に決裂していました。いわゆる「大東西分裂(大シスマ)」です。ローマ教会は自らへの服従を要求し、「800年に教皇がカール大帝を西ローマ皇帝と認めて祝福したように、自分たちこそがローマ皇帝を任命する権利を持つ」と主張しました。しかし、「真のローマ帝国」である「新たなローマ」、コンスタンティノープルにはすでに本物のローマ皇帝が存在していたのです。当然ながら、これはローマとコンスタンティノープルとの間に激しい緊張をもたらしました。
問題は、「いかにしてコンスタンティノープルを自らの支配下に組み込むか」でした。折りよくビザンツ皇帝が、「東方から攻撃を仕掛けてくる勢力に我が国が敗れれば、彼らはそのまま西欧へと侵攻してそなたたちを攻めるだろう」と、教皇庁に防衛のための援軍を要請してきました。こうして十字軍が結成され、コンスタンティノープルへと派遣されたのです。
ノルマン人の武将たちはめいめいに近東の東方正教の領土を強奪し始めました。彼らは「エルサレムを解放する」と標榜しましたが、そもそもエルサレムに解放など不要でした。ムハンマドがイスラム教を興した直後に征服されて以来、イスラム勢力によって統治されていましたが、イスラムの支配は寛容だったからです。キリスト教徒の共存もユダヤ教徒の共存も認められており、不寛容さはありませんでした。事実、ペルシャ帝国の昔から何千年にもわたり、貢納を納めその土地の法に従って暮らす限り、帝国は宗教的・民族的少数派に対して寛容であり続けてきたのです。

ところが十字軍がエルサレムに到着するやいなや、彼らは略奪を始めました。ユダヤ人を虐殺し、イスラム教徒を虐殺し、さらに多くのキリスト教徒までも殺戮して、目も当てられない大惨事を引き起こしたのです。これは教皇庁や各国首脳の間にも少なからぬ動揺と狼狽をもたらしました。



 14. 金融システムの誕生と神学の反転


その一方でドイツは、「このような茶番には加担したくない」と距離を置いていました。ドイツ王は名目上の「神聖ローマ皇帝」であったため、コンスタンティノープルと独自の取り決めを結ぼうとしていたのです。ドイツ皇帝は「我々は西欧の神聖ローマ皇帝であり、そちらは新ローマの正統なローマ皇帝なのだから、互いに協調できるはずだ」とローマと交渉しようとしました。ドイツ勢こそが教皇庁の本来の改革派であり、キリスト教を世俗の生活や軍事活動の一部として根付かせ、聖職者を世俗の官職に登用したいと考えていたのです。
しかし第1回十字軍が終わるや否や、教皇庁はドイツを攻撃し始めました。司教や高位聖職者の統制権を握ることで財政的支配を敷こうとする教皇庁の要求に抵抗する国なら、ほぼどこに対しても矛先を向けたのです。
ノルマン人は強力な軍隊を持っていましたが、資金を必要としていました。ここで教会は気づいたのです。「ロベール・ギスカールや征服王ウィリアムのように、我らの封臣として代理征服を行わせるノルマン軍を維持するには、資金調達を行わねばならない」と。こうして教会は銀行業務を組織化していきました。

12世紀の年代記作家たちは、教皇庁がイングランド全土をいかに揺さぶったかを記録しています。教皇庁はジョン王の息子ヘンリー3世に詰め寄り、北イタリアの銀行家やアルプスを越えたカオール出身の銀行家(カオルサン)への借財を返済するため、イングランド国民に重税を課すよう強要したのです。当然ながら、戦争遂行のために国内債務を背負わされるこの要求に議会は猛反発しました。
教皇らはヘンリー3世を操ろうとし、「見よ、ロベール・ギスカールが他のノルマン人とともにバルカン半島や旧ユーゴスラビア一帯のビザンツ領を侵略し始めているとはいえ、南イタリアには今やドイツの息のかかった者たちが大勢いる。現地でドイツ勢力と戦うために、借金をしてでも軍費を用立てねばならない」と迫りました。これが内乱(第2次男爵戦争)と新たな一連の破門劇へと発展していったのです。
教会は利子を取る金貸し業(高利貸し)を認可しただけでなく、あろうことか「利子付きの金貸しに反対するキリスト教徒」の側を破門に処しました。武将たちへの銀行融資を用立てるためだけに、キリスト教神学そのものが根底から180度反転させられたのです。
こうして12世紀から17世紀に至るおよそ500年間、国際銀行業務の実態とは、主に国王に対する「戦費の融資」でした。当初は教会のために戦争を仕掛けるための融資であり、1291年に十字軍時代が終わった後は、王同士が互いに戦い合うための融資へと変貌していきました。そしてこの軍事融資そのものが、独自の組織化原理を確立していくことになったのです。



 第2章:近代財政国家の形成と戦争資金調達


 21. 教会の統治機構を受け継いだ銀行家たち


教皇たちが専制的な王権を押し付け、「少なくとも帝国教皇権の利益に資する目的で戦争を望む場合、議会には王権神授説に異議を唱える権利はない」と宣告したのと同様に、銀行家たちは教会が築き上げた世俗政府に対する行政統制システムをそのまま引き継ぎました。そして彼らは、イタリア、フランス、スペイン、ドイツといったあらゆる国の国内政治体制のあり方を左右する最大の勢力となったのです。
彼らは次のような取引を持ちかけました。「主に北イタリアに拠点を置く我ら銀行家が、好敵手との戦争資金を用立ててやろう」と。とりわけ、英仏海峡沿いのフランス西部の支配権をめぐる、イングランド王とフランス王の絶え間ない戦争がその対象でした。
資金を得たいのであれば、借金をしなければなりませんでした。そして借金をする以上、債権者(銀行家)が提示する条件を呑む必要があったのです。債権者たちは国家的な金融システムを構築しようとし、それが財政制度、さらには近代的な「財政国家」の基盤となっていきました。



 22. 戦争資金調達のジレンマ


最も克明な記録が残るイングランドをはじめ、ほぼすべての領邦で国王たちは頭を抱えていました。征服王ウィリアムがイングランドへ侵入した際、彼は自らの取り分として切り取った征服地を私的財産(王領地)と定め、『ドゥームズデイ・ブック(土地台帳)』を編纂させました。国王には、自らに帰属する王領地から得られる地代や収益を受け取る権利がありました。また伝統的に課税権も持っていましたが、課税には議会の承認が必要でした。これが、フランス、スペイン、イングランド、後のオランダなど、ヨーロッパ全土の国王たちの手足を縛っていたのです。

問題は、戦争がますます資本集約的になっていった点にありました。海軍、攻城兵器、大規模な軍隊など、軍事技術の高度化に伴い戦費は高騰し続け、もはや王領地の収益だけで賄える水準をとうに超えていたのです。
かといって、増税を呑むよう議会を説得することもできませんでした。財力を持つ貴族たちで構成される地方議会は、自分たちの土地に課税されることを望まず、税金を払いたがらないのも当然でした。ましてや、王が自らの個人的な虚栄心を満たすために他の王と戦争に興じるための金など、なおさら出したがらなかったのです。
こうして14世紀、15世紀、そして17世紀に至るまで、最も強大で多額の借金を抱えたフランスやスペインの王たちは、立て続けに破産(債務不履行)を繰り返しました。
これは銀行家階級にとっても深刻な問題でした。彼らは「王領地の収入を超え、議会の承認を得ずとも王たちが借金を返済できる手段を作り出さねばならない」と考えました。
当時、12世紀から17世紀にかけて国王が議会の承認なしに課税できるものが唯一存在しました。それが「対外貿易の独占権」です。
そこで銀行家たちはイングランドなどの諸国に出向き、こう持ちかけました。「かつてウィリアムの家系が代々領有していた係争地をめぐり、フランスと何度でも戦うための債務返済資金は調達できますよ。イングランドの主幹輸出品である羊毛に独占権を設定すればよいのです」と。この羊毛は、フランドル地方(現在のオランダ・ベルギー)で綿織物(毛織物)に加工され、さらにイタリアへ送られて高級織物に仕立てられ、イングランドやヨーロッパ各地の富裕な貴族たちによって買い取られていました。そこには資金と商品の循環構造が存在していたのです。

銀行家たちは、それまで存在しなかった政府のための「財政政策」を創出する手助けをしました。彼らこそが近代的な税制と、それに不可欠な法体系や官僚機構を整えた張本人でした。
しかし、フランスやスペインのような大国では王権があまりに専制暴走していたため、銀行家たちはこの仕組みをうまく定着させられませんでした。そのため、主にイタリア人の国際銀行家たちは難題に直面しました。「戦争費用の増大を賄うため、諸王国がさらに多くの将来所得を担保に差し出せるようにするにはどうすればよいか? さもなくば、王たちは破産してしまう」。現に14世紀にはイングランドのエドワード3世が破産し、バルディ家やペルッツィ家といった名門銀行を破滅に追い込みました。その後の国王たちも、ヨーロッパの主要銀行に対する債務不履行を繰り返したのです。



 23. 都市コミューンという解決モデル


ヨーロッパ諸国の政治構造をいかに再編すべきか模索する中で、銀行家たちは一つのモデルを見出しました。フィレンツェやジェノヴァをはじめとする、自治都市(コミューン)の存在です。これらの都市では市民が集い、自治と独立を買い取るために自領の君主たちへ金を貸し付けていました。

コミューンは指導者を公選していましたが、彼らには君主たちには決してできなかった芸当が可能でした。都市の指導者たちは、債務返済のために「市民全員の富」を債権者への担保として差し出すことができたのです。史上初めて、社会全体に対して包括的な課税を課すことが可能になりました。選挙によって選ばれた議会そのものがコミュニティであり政府であったため、彼らは都市債、すなわち他都市からの侵略を防ぐための軍事債務を返済するために、政府と国家全体に責任を負わせることができたのです。
17世紀末に何が起きたかは想像に難くありません。この仕組みによってオランダやベルギーの都市国家群が結束してオランダという国家を形成し、国家全体の国民所得を担保に差し出すことで、銀行家階級に対してはるかに「リスクの低い担保」、すなわち「全市民の富」を融資の裏付けとして提供できるようになったのです。
この流れは、1688年のイングランド名誉革命を経てさらに決定的となりました。オランダから新国王(ウィリアム3世)を迎え、ホイッグ党主導の議会が成立したことで、経済史家が「財政国家」と呼ぶ体制が確立されたのです。
そもそも「国家」とは何でしょうか? 私たちはそれを「政治」や「政治闘争の場」と考えがちです。しかし、17世紀末以降に作られた近代国家とは、実質的に「国際銀行家階級のために税金を徴収するための装置」として産み落とされたものでした。銀行家たちはこれら新興国家と手を組み、可能な限り富を吸い上げる税制を整え、独占権を創出して売り払い、公有財産を次々と民営化していきました。

これこそが「民営化」の端緒であり、「経済の金融化」の始まりでした。銀行家たちがヨーロッパ各国の自治政府・中央政府を牛耳り、金融部門の支配下に置いたことの副産物です。そして今日私たちが知る「近代国家」を形作ったのは、まさにこの17世紀末から18世紀初頭の動きだったのです。
しかし、既存の金融史の文献をいくらめくってみても、こうした経緯はほとんど書かれていません。金融史のほぼすべてが、政治的なマクロ経済的アプローチではなく、ミクロ経済的なアプローチをとっているからです。



 第3章:教会神学の転換と「利子」の正当化


 31. カトリック教会はいかにして「利子」を発明したか


ローマ教会は、キリスト教が長年掲げてきた「高利貸し(利息徴収)の禁止」を反転させ、金貸し、とりわけ「戦争融資」をなんとしても正当化しなければなりませんでした。
その任務を担ったのが、13世紀のスコラ学者たち、すなわちローマ・カトリック教会の知識人階級でした。彼らは高利貸し(usury)と明確に区別された、「利子(interest)」という新たな概念・用語を生み出したのです。
古代のいかなる社会も、過去のいかなる文明も、利子と高利貸しを呼び分ける言葉など持っていませんでした。しかしスコラ学者たちはこう詭弁を弄しました。「高利貸し(usury)とは異なり、許容される『利子(interest)』というものが存在する。我々は高利貸しを正当化するつもりはない。だが、利子とは交易を成立させるために必要なものだ。商人は交易のために信用(クレジット)を提供せねばならない。あるいは農地の耕作者や領主、富裕な公爵であれば、収穫を上げるための融資が必要であり、収穫期にまとめて返済される。商業信用も必要だ。これらはすべて不可欠なものなのだ」と。



 32. 「利子」を正当化する論理の抜け穴


そこでスコラ学者たちは、「では、何が正当(公正)なのか?」と問いを立てました。彼らの理屈はこうです。「例えば、貸し手には人並みの生活を送るに足る収入を得る権利がある」。なるほど、これは分かりやすい。そして、貸し手である商人――当時の銀行家のほぼ全員が外国貿易商として財を成していました――に対して、教会はこう定めたのです。「高利(usury)を取ることは禁じるが、為替手数料(アージオ/aggio)を徴収することは認める」と。そのため、商人が合法的に儲ける手段の多くは外国為替・外国貿易にあり、彼らは「利子」や「高利」と呼ぶ代わりに「為替差金・手数料」を徴収しました。
こうした論理を足がかりに、教会の知識人たちはさらに理屈を広げていきました。「貸し手が借り手に金を貸し、その金を自らの商業取引に使えなくなった場合、その貸し手は利益を上げる機会を失うことになる。現代の経済学者が『機会費用』と呼ぶ概念である。もしその機会を犠牲にしているのなら、自分のために利益を生み出す資金を使えなかった期間に対する補償(損害賠償)を受け取る権利がある」。これも認められました。
「では、債務者が期限通りに返済しなかった場合はどうなるか? 当然、延滞金(遅延損害金)が発生する。だから債務者は延滞金を支払わねばならない」。

当時の融資契約の現存資料を調べてみると、平均的な利息(名目上の負担)は22%でした。そして延滞金もまた22%だったのです。今日のクレジットカードのように、1年ほどの借入に対して遅延した日数分だけ請求されると思うかもしれません。しかし、イタリアの銀行家たちが作成した実際の文書(イングランドに残る契約書など)によれば、「期日を1〜2ヶ月過ぎて返済されなかった場合、追加の22%が丸ごと上乗せされる」というものでした。つまり、実質44%の金利になる計算です。
実務上は、「延滞金を取ってもよい」「外国貿易で得られたはずの逸失利益を回収してもよい」といったあらゆる抜け穴が用意されていました。これらはすべて抽象的な理論レベルで正当化された抜け穴であり、教会側がそれを「高利貸しの抜け穴」として認めることは決してありませんでした。



 33. 生産的信用の欺瞞と「戦争融資」の本質


最も重要な点は、聖職者たちが前提としていた基準が「外国貿易を実際に成立させるための生産的な融資」だったということです。各国にとって外国貿易は必要不可欠であり、一見するとそれ自体は正当化できるように思えました。
しかし、国際銀行家階級が莫大な利益を上げていた源泉は、決してそんな貿易融資などではありませんでした。銀行家階級の屋太骨は「戦争融資」だったのです。

聖職者たちは一度たりとも「戦争融資は非生産的だ」とは口にしませんでした。生産的な融資と非生産的な融資、あるいは信用の生産的利用と非生産的利用の区別をつけようとはしなかったのです。彼らは見て見ぬふりをしたか、あるいは視野狭窄に陥り、貿易信用ばかりを議論の俎上に載せることで、国際・国内を問わずあらゆる商人が利息を取れるようにしました。
これが実質的な高利貸しの正当化となり、銀行が発達していきました。銀行は預金者に対して例えば年利5%ほどを支払い、その預金を集めて、互いに戦争を繰り広げる国家・君主に年利22%や44%といった法外な利息で貸し付けたのです。



 34. 反転した社会階層:最上層の債務者たち


教会はこの事態をどう処理したのでしょうか。
何千年もの間、債権者(金貸し)という階級は社会的に軽蔑されてきました。古代ギリシャやローマといった寡頭制が発達した古典古代においてすら、金を貸すことは社会的に美徳とはされず、高貴な身分の者が行う行為とはみなされていませんでした。金を貸すことは「搾取」であり、債務者を困窮に陥れる行為だと考えられていたからです。そのため、支配層(オリガルヒ)は金貸しで利益を得ていたものの、実際の汚い仕事は奴隷や解放奴隷、あるいはアテネやローマに居住する外国人居留民(メトイコイなど)にやらせていました。

しかし中世において銀行業が爆発的な台頭を遂げた際、過去のあらゆる時代と決定的に異なっていたのは、「最大の債務者たちが社会ピラミッドの頂点にいた」という点です。最大の債務者とは「国王」であり、「教会」そのものだったのです。
彼らが借金をしていた目的は、教会が祝福した戦争――すなわち、教会の命令に従わず、独自の司教を任命してペテロの免罪銭や救貧献金、地代を吸い上げ、ローマへ送金せずに国内で消費しようとする諸侯たちと戦うための戦争――を遂行することでした。彼らが戦費として金を使う限り、それは「正しい目的」とみなされたのです。
その結果、戦争融資を専門とする債権者階級は、借り手である国王や教会と並んで社会ピラミッドの頂点へと駆け上がりました。銀行家、国王、教会がそろって最高の社会的地位を占めることになったのです。
やがて彼らの間には婚姻関係が結ばれ、血筋の融合が進みました。そして屈指の大富豪銀行家であったメディチ家から教皇レオ10世が誕生するに至ります。1515年、レオ10世はついに高利貸しに対して最終的な「公認の墨付き」を与えました。
彼はこう説いたのです。「ヨーロッパの国王たちへの融資は銀行によって資金が賄われており、銀行は預金者に利息を支払っている。では、預金者たちは罪人なのだろうか? いや、決してそうではない。モンテ・ディ・ピエタ(慈恵質庫/公益質屋)を見よ。彼らは小口金融機関(質屋銀行)の集まりであり、預金者に適正な利息を支払い、高利貸しが要求するような22%前後の法外な利息よりもはるかに低い金利で貧民に金を貸し出しているではないか」と。



 35. 近代財政国家と金融法の完成


「したがって、我々はこのような社会的・キリスト教的な慈善事業の邪魔をしたくはない。だから当然、銀行が預金者に利息を支払うことを認めざるを得ない」――このようにしてレオ10世は、商人や銀行家たちが自由に選んでいた利息とともに、銀行利子を正当化しました。
これによって、高利貸しを容認し、利息を取らない者をかえって異端視・敵視するキリスト教神学の書き換えが事実上完成したのです。後にプロテスタントとなる諸国も瞬く間にこの仕組みを取り入れ、ローマ教会と同様に受け入れました。
こうして、財政国家における融資や信用の法的枠組みが全面的に再構築されました。そして、貸付のルール、貸付に関する法律、貸付の社会的地位といったこのシステムこそが、西欧社会全体の性格を根本から変容させたのです。
これは極めて重大な論点でありながら、ヨーロッパ全土、さらには国境を越えてあらゆる領邦や王国にまたがる汎ヨーロッパ的な統治システム(普遍的な経済組織手段)を構築するにあたって、「銀行がどのような政治戦略をとったのか」という政治史を書こうとした者は、これまで実質的に誰もいませんでした。そして、これらすべては17世紀末までに完成していたのです。

さて、私の話を聞いていて、あることにお気づきかもしれません。ここまでの話には「ユダヤ人」が一切登場していないという点です。



 第4章:ユダヤ人商人の真の実態と教会の不寛容


 41. イングランドへのユダヤ人商人の導入


ユダヤ人商人がイングランドに招かれたのは、彼らが外国語を話し、他国に同胞の商人仲間や親族ネットワークを持っていたからです。彼らは貿易商であり、イングランドや南イタリア、シチリアなどが必要としていた対外貿易取引をどのように組織化すべきかを知っていました。なぜなら、ノルマン人の侵略者たちはビジネスマンではなく、単なる略奪者であり、いわば「ナックルウォーク(拳で歩く野蛮人)」同然だったからです。
そのため支配層は、収穫物を流通させる資金を必要とする現地の小作農や、取引資金を必要とする現地の商人に対して、基本的な信用供与を担ってくれる国際感覚豊かな集団を必要としました。それは基本的に、大半が小口の融資でした。

過去数十年の学者たちがイングランド各都市の納税記録を精査した結果、ユダヤ人家庭の富と所得の分布(釣鐘型曲線/正規分布)は、住民全体の分布とほぼ同じであったことが判明しています。ごく一握りの大富豪のユダヤ人商人・銀行家がいた一方で、同等に大富豪のキリスト教徒の商人・銀行家も存在していました。
そして当時、ユダヤ人と並んでキリスト教徒の金貸しも常に活動していました。教会は「キリスト教徒の金貸しはユダヤ人よりも高い金利を要求している」、あるいはもっと端的に言えば「ユダヤ人はキリスト教徒よりも低利で信用を提供している」と不平を漏らし続けたほどです。これこそが、彼らがイングランドから追放された理由の一つでもありました。
征服王ウィリアムがユダヤ人をイングランドへ連れてきた際、彼らには土地の所有が認められず、都市部に居住することが義務付けられました。同様の規制はフランスや他国でも課されていました。彼らは実質的に「国王の農奴(直属民)」とみなされ、王の代理人として機能していたのです。
もしユダヤ人の貸し手が、土地や資産を持つ国内の地主へ金を貸し、担保権を行使(差押え)しようとした場合どうなるでしょうか。ユダヤ人は土地を所有できないため、王が代わりに買い取ってその土地の支配権を握る権利を持っていました。
そのため、「ユダヤ人の役割は国民を借金漬けにすることであり、その富は最終的に王へ渡って、我々に対する課税権を含めた王権を強めるだけだ。我々はこれほど強大な権力を持たない、もっと弱い王を望んでいる。王が権力を強め、そのためにユダヤ人を利用することなど望まない」という反ユダヤ主義の波が巻き起こったのです。

13世紀末になると、王たちはもはやユダヤ人から金を借りるのではなく、彼らに重税を課すようになりました。そして最終的には、課税する代わりにユダヤ人の富を丸ごと没収・略奪したのです。まずイングランドで、次いでフランスのフィリップ4世のもとで実行されました。
彼らはユダヤ人の富を没収した上で、「ユダヤ人はもはや貸し出す金を持っていないのだから何の役にも立たない。必要ない」と言い放ちました。彼らが追放されたのは「高利貸しだったから」ではなく、「もはや高利貸しとしての債権者機能を果たせなくなったから」でした。
追放された彼らは、キリスト教的銀行業のその後の発展において、ほぼ何の役割も果たしていません。



 42. カトリック教会の不寛容と「普遍性」の欺瞞


大衆の通俗的な認識をはじめ、多くの金融史が「中世において、銀行業はユダヤ人商人の小口金融や商業融資によって財を成したことから発展した」と焦点を当てる見方は、キリスト教徒による銀行業と富の圧倒的な拡大、そしてそれが反ユダヤ主義といかに一体となって進んだかという事実を完全に見落としています。
カトリック教会内部においてすら、歴代教皇はユダヤ人を敵視し、こう主張しました。「ローマ教会がコンスタンティノープルや他のあらゆるキリスト教会に対して唯一の支配権を握るべきであるのと同様に、キリスト教会は全社会に対して唯一の法・秩序を敷かねばならない」と。

当時、ユダヤ人には独自の裁判所(法廷)が認められていました。貿易や商業活動を円滑に行わせるために特権として与えられていたものですが、教会は「万物を統べる普遍的な単一の法、単一の裁判所、単一のシステムが存在すべきだ」と主張したのです。
ローマのキリスト教徒たちは自らを「普遍的(カトリック)教会」と繰り返し呼び続けました。しかし彼らが言う「普遍(ユニバーサル)」とは、東方正教をはじめとする「残り80%の他のキリスト教徒はすべて我らの敵であり、征服すべき対象である」という意味にほかならなかったのです。それこそが、彼らの掲げた「普遍性」の実態でした。



 43. 帝国教皇権の独善性と国家の変容


それはまさに侵略的な「帝国教皇権」でした。この支配への渇望、他宗教に対する不寛容さは、ローマ教会において特異な発達を遂げました。そして私は著書の中で、これがいかに初期の5世紀や6世紀にまで遡るものかを説明しています。
根底にあったのは徹頭徹尾「不寛容」の精神構造(メンタリティ)であり、それが支配欲を生み、ひいては教会をして法典、官僚組織、銀行業、通商、貿易独占権、財産所有権といった普遍的な体制を築き上げさせました。そしてそれが近代国家を形作っていったのです。

キリスト教的理想主義(それ自体が帝国主義的なものでしたが)として始まったものが、いかにして金融家階級による支配の手段へと変貌を遂げ、国際銀行家階級の徴税代理人として機能する「財政主体としての国家」へと再編されていったのか――これらすべての動機や歴史的経緯は、従来の歴史研究では完全に等閑視されてきました。



(聞き手)「5分以上の長話にするつもりはなかったのですが……以前お話ししたときにも申し上げましたが、あなたの長大で詳細な即興の講義にはいつも驚嘆させられます。今日も期待を裏切りませんね。ところで、話を聞いていて特に際立っていた点として、銀行家一族・王家・教会の結びつきを象徴する教皇レオ10世が、あの悪名高い『免罪符(贖宥状)』の張本人でもあったというのは皮肉な話ですね」


 第5章:免罪符の誕生と「負債から罪へ」の神学的すり替え


 51. サン・ピエトロ大聖堂の再建と資金調達


(マイケル・ハドソン)「その通りです。レオ10世の生家(メディチ家)はフィレンツェ貴族の頂点に君臨しており、彼は芸術の庇護者、慈善家たらんとしていました。彼が切望したのは、ローマのサン・ピエトロ大聖堂の再建でした。
これはルネサンス期における最大の芸術的試みでした。ミケランジェロが聖堂再建の設計を手掛け、ラファエロをはじめとする名だたる巨匠たちが設計や絵画制作に関わりました。それは当時のフィレンツェが生み出した最大の芸術的創造でした(ブルネレスキをはじめとする他の偉大な建築家たちを軽視するわけではありませんが)。
少々失礼……そこで浮上したのが、1515年に利子請求と銀行業務の正当化を成し遂げたばかりのレオ10世が、『この巨額の費用をいかにして賄うのか?』という問題でした。
教会は十字軍の時代に『免罪符の販売』を編み出していました。ここで私は、聖アウグスティヌスについて触れねばなりません。



 52. 「負債」と「罪」のすり替え:聖アウグスティヌスの影響


レオ10世の時代はおろか、すでにアウグスティヌスの時代において、キリスト教会はイエスが主張していた『債務免除(借金の帳消し)』という理念のすべてと事実上戦い始めていました。『憎んでいた』とまでは言いませんが、敵対していたのです。

特に教会を困惑させ、資金調達の妨げとなったのが、イエスの山上の垂訓にある『主の祈り』の一節――『我らに負債ある者を我らが赦すごとく、我らの負債をも赦したまえ(われらの罪をゆるしたまえ)』でした。
教会は、言語の換喩(メトニミー)や意味の曖昧さを利用しました。原初において、『負債(借金)』を表す言葉は『罪(過ち)』を表す言葉と同じだったのです。
その理由は古代の慣習に遡ります。紀元1〜2世紀、あるいはそれ以前、数千年前のバビロニアや近東の初期共同体において、誰かを傷つけた場合――腕を折ったり、目を潰したり、あるいは侮辱として口髭や顎髭を剃り落としたり、嘲笑したりした場合――それは傷害とみなされました。
社会は選択を迫られました。『ある男が他人の目を潰したとき、血みどろの復讐劇(私闘)をどう防ぐか? 被害者の一族と加害者の一族が、アメリカのハットフィールド家とマッコイ家のような抗争に陥るのをどう食い止めるか?』と。
その解決策が『賠償金(罰金)』を支払うことでした。そしてこの賠償金のことを『負債(debt)』と呼んだのです。
賠償金を支払って平和を回復することで、『我々は傷害に対する損害賠償を済ませた。あなたに対する負債を清算したのだから、我々の一族の目を潰す必要はない。ここに金がある』と告げたわけです。中世ヨーロッパには、あらゆる違反や傷害ごとに支払うべき詳細な賠償金価格表が存在していました。

このように、社会に対する侵害である『罪(違反行為)』に対する支払いが『負債』と呼ばれ、同一の言葉として使われるようになったのです。
イエスの説教を振り返ると、彼の大いなる目的は、以前の対談でも触れたように『債務免除』と『ヨベルの年(解放の年)』の理念にありました。イエスは最初の説教で、『ヨベルの年を復活させ、負債の免除をもたらすために来た』と宣言しています。そしてイエスの言葉を記したアラム語原典のギリシャ語訳において、用いられた単語は道徳的な『罪』などではなく、極めて明白に『金銭的な負債』を指していました。
問題は、4世紀から5世紀にかけての展開です。ローマ帝国はキリスト教を国教として取り込みましたが、その過程で教義を徹底的に変質させてしまいました。
ローマ帝国の支配階層とは、債権者であり、大土地所有者であり、富裕層でした。彼らは『債権者』であって『債務者』ではなかったのです。彼らが最も嫌悪したのが、『自分たちの貸付金を免除・帳消しにすること』でした。
そこに登場したのが、北アフリカ・ヒッポの司教であった聖アウグスティヌスでした。そして当時の北アフリカには、ある深刻な問題が持ち上がっていたのです」



 53. ドナトゥス派の蜂起とアウグスティヌスによる神学の転換


現地のキリスト教徒たちは、初期キリスト教の伝統を頑なに守る司祭団の信奉者たちであり、「ドナトゥス派」と呼ばれていました。このドナトゥス派には武闘派(シルクムケリオネス/周遊団)が存在し、債権者たちを脅迫して回っていました。「我々の仲間に高利(利息)を取り立てようとするなら、お前の屋敷を焼き払ってやる」と迫り、激しい暴力行為が横行していたのです。
そこで登場したのが聖アウグスティヌスでした。彼はこう言いました。「イエスが真に意図したことは、彼が語った言葉通りではない」と。つまり、イエスが生涯をかけて戦った理念とは正反対の解釈を打ち立てたのです。「イエスが語った真の意味とは、人間はみな罪人であるということだ。我々はアダムから受け継いだ生まれながらの『原罪』を背負っている」と。
この罪ゆえに、私たちは全員が賠償責任(負債)を負っており、罪からの贖い(救済)を求めているという理屈です。では、どのようにして贖いを得るのか?
当時、キリスト教会内部で激しい論争が起きていました。ブリテン出身(おそらくウェールズ系)の神学者ペラギウスは、「自らを贖う道は『善行』にある。仮に金貸しで富を得たとしても、それを慈善事業に施せば救済を得られる」と説きました。しかしアウグスティヌスはこう反論したのです。「いや、違う。救済は教会を通じてしか得られない。金は教会へ差し出さねばならないのだ。そうすれば教会があなた方を贖ってやろう」と。

こうして5世紀までには、新たなローマ教会の信徒たちが、臨終の床にある人々に終油の秘跡(臨終の典礼)を授ける前に『主の祈り』の「我らの負債(罪)を赦したまえ」という一節を唱え、「全財産を教会に寄進すれば贖いを与えましょう」と持ちかけるようになりました。教会聖職者がこれを強要したとして、遺族から数多くの訴訟が起こされたほどです。
しかし、『主の祈り』における「我らの罪/過ち/負債を赦したまえ」という概念全体が、「金銭的な負債を帳消しにするはずがない。我らを害する者を赦すがごとく、我らの過ち、罪、不法を赦したまえという意味だ」とすり替えられていきました。教会はこの解釈を利用して、「ローマ教会だけが罪の贖いを提供できるのであり、それには金がかかる」という集金システムへと作り変えたのです。



 54. 十字軍の資金調達と免罪符の誕生


この仕組みは、十字軍遠征において極めて好都合に作用しました。前述の通り第1回十字軍が事実上の大惨事に終わった後、第2回十字軍が組織された際、その推進派や主導者たちはこう持ちかけました。
「聖地を奪還して魂の救済を得たいという熱意が冷めているのは分かっている。長旅になるし、自らの装備を整え、甲冑を運ぶ従卒を連れ、道中で飲み食いするために借金までしなければならず、莫大な金がかかるからだ。だが、剣(彼らは剣ではなく『十字架』と呼んだのでしょうが)を取って十字軍に参加する騎士には、『債務の免除』を与えよう。遠征に参加している間、債権者があなたの家族や所領、親族に手出しすることは許されない」と。

こうして借金を帳消しにしてもらえるとあって、多くの騎士が遠征に志願しました。
しかし、教会の聖職者たちはここにさらなる奇策(抜け穴)を講じました。中世には長年定着していた慣習がありました。騎士が国王への軍務を命じられた際、自ら出陣する代わりに「替え玉(身代わりの傭兵)」を雇って戦わせることが認められていたのです。アメリカの南北戦争で徴兵された兵士が金を払って身代わりを立てられたのと同様に、イングランドやヨーロッパの騎士たちも身代わりを雇うことができました。
そこで聖職者たちはこう提案したのです。「現金を納付する形で教会と交渉してもよい。あなたが身代わりを雇えるかどうかは分からないが、相応の金額を納めれば、実際に十字軍へ赴いてすべての罪が贖われたのと同じだけの『免罪(贖宥)』を授けよう」と。
こうして、免罪符(贖宥状)の販売は実質的に「第2回十字軍の資金調達手段」として産声を上げ、その後も引き継がれていきました。



 55. レオ10世による免罪符乱売と宗教改革


16世紀初頭、教皇レオ10世がほくそ笑んだ心情は想像に難くありません。「十字軍は1291年にとうに終わってしまったが、人々は依然として罪人のままだ。全員がアダムから受け継いだ原罪を背負っている」と考えたからです。

(ちなみに、アウグスティヌスはペラギウス派を教会から徹底的に追放しました。激しい神学闘争の末、「ただ真っ当で善良な人生を送れば救われる」と主張した教養ある北方人に対し、アウグスティヌスが勝利を収めたのです。教会は「そうではない。教会に金を差し出すことによってのみ真の生が得られるのだ」と主張しました。聖職者たちは「我々は貧者を助けているのだから、我々自身が貧者そのものである。ゆえに教会へ金を施すことは、貧民への施しと同義なのだ」と言い張りました。アウグスティヌスの伝記作家ピーター・ブラウンはこの経緯を詳細に論じており、今や歴史的事実として広く認められています。)
レオ10世が着目したのは、「免罪符は今でも売れる」ということでした。彼はヨーロッパで最も文明化され、最も進歩的であったドイツから集金することを目論みました。そして教会の使節をドイツへ派遣し、文字通り免罪符を売り捌かせたのです。これが、私が学生時代に教わったいわゆる「天国へのカトリック的パスポート」の正体でした。
こうして免罪符は売買されました。当然ながらこれは、キリスト教神学の根幹をなす「人類が引き継いだアダムの原罪」という教義に対する著しい矮小化であり、世俗化でした。元凶であるはずの「債権者による債務者への略奪的貸付」から目をそらし、全人類が生まれながらに罪を背負っているとすり替えた挙句、それを金で売り買いし始めたのです。
そして、これに対して真っ向から異を唱え、先頭に立って反旗を翻したのがマルティン・ルターでした。彼は「これは完全な腐敗だ。教会は堕落し切っている。彼らは神学を売り飛ばし、魂の救済を金で売り物にしている」と指弾したのです。



 56. 宗教改革への波及


(マイケル・ハドソン)「要するに教会は、単なる『集金官僚機構』へと成り下がっていたのです。ルターの抗議はスイスからドイツ全土、そして北欧諸国へと波及し、周知の通り、プロテスタントの宗教改革へと発展しました。彼らは『ローマ教会は絶望的なまでに腐敗しており、金のことしか頭にない。我々はキリスト教本来の精神を復興させねばならない』と主張して教会から離脱したのです。
もっとも、彼らが唱えたものもキリスト教本来の精神ではありませんでした。本来の精神とは『債務の免除』であり、階級闘争ではなく『貧者への救済』にあったからです。
いずれにせよ、サン・ピエトロ大聖堂の再建資金を欲したレオ10世の要求が契機となりました。もちろん、彼が大聖堂を再建してくれたこと自体は喜ばしいことです。非常に美しい建築ですからね。私自身、大学時代にミケランジェロの壁画などを鑑賞して『実に見事なものだ』と感銘を受けたのを覚えています。しかしそれは、教会をカトリックとプロテスタントに分裂させるほど教会の金銭的取引を腐敗させた代償として成し遂げられたものだったのです」

「またしても質問に対して長話になってしまいましたね」


 第6章:金融史の盲点と国際債権者による国家支配


 61. 政治史における経済の軽視


(聞き手)「いえ、今回も実に興味深いお話でした。少し視野を広げた質問をさせてください。対談の冒頭で、あなたは私の言葉を正し、『金融史を書き換えているのではなく、その空白を埋めているのだ』とおっしゃいましたね。
そして私の理解が正しければ、これまで大きな空白が放置されてきた理由の一つは、過去の金融史家や経済学者たちが、こうした大規模な政治的・マクロ経済的な地殻変動よりも『ミクロ経済学』ばかりに焦点を当ててきたからだ、ということでした。
国際的な銀行業や負債の夜明け、そして十字軍の役割において、ローマ・カトリック教会が果たした役割を見落としていたというのは、極めて決定的な失策のように思えます。これほど重要なテーマがこれまで顧みられなかった背景には、他にも理由があるのでしょうか? それとも、なぜこれほど軽視されてきたのか、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」





 62. 学問の蛸壺化と失われた包括的視点


(マイケル・ハドソン)「もう一つの理由は、人々が経済学というものを『社会の他の領域から切り離された独立したもの』として捉えがちだからだと思います。
少なくとも19世紀には『政治経済学(経済学の旧称)』と呼ばれ、政治との関わりも視野に入れられていました。しかし、経済学であれ社会学であれ、あるいは歴史学であれ、あらゆる学問に欠けているのは、『ヨーロッパ経済を一つの統合された経済システムとして捉える全体的な視点』なのです。
ヨーロッパを包括的な経済システムとして眺めれば――そもそもそれは統合された一つのシステムなのですが――最初の統合をもたらしたのが『教会の官僚組織』であったことに気づきます。そしてその教会官僚組織が資金調達を必要としたことで『銀行家階級』が生み出され、それが新たな社会の組織化原理となったのです。
ところが、経済史家たちは商人や対外貿易以上のことには口をつぐみます。『当時の貸付ルールはこうだった』『イングランドの公的債務はこれだけで、デフォルト(債務不履行)の推移はこうだった』『債務対所得比率はこうだった』といった具合に、すべてを極めて技術的・専門的な計量データとして処理してしまうのです。政治的な力学を完全に捨象してしまっています。その一方で、歴史家たちの側は経済的な力学をまるごと切り捨てています。

これと似た話を、以前の対談でもした記憶があります。私が青銅器時代近東のシュメールやバビロニアについて研究していたときのことです。楔形文字学者(アッシリア学者)たちは手元にある膨大な出土記録を分析していましたが、その資料の9割は『債務(借金)に関する記録』でした。しかし彼らは経済学者ではなかったため、経済学者を議論に巻き込みたがりませんでした。経済学者の側も、青銅器時代の実態とはかけ離れた近代的な世界観に基づいた、独自のイデオロギー的アジェンダを持ち込んでいたからです。
中世史の研究者たちもまったく同じ構図です。彼らは経済的な詳細を経済学者に丸投げします。『誰が何を所有していたか』という納税記録や、『誰が誰にいくら借りていたか』という借用記録を精査するのは、専門分化された別個の領域だからです。
彼らは『王たちが破産し、いくつかの銀行家一族を巻き添えに倒産させた』という話はします。破産があったことは分かっていますし、やがてイングランド銀行が創設された経緯も知られています。債務を梃子にして銀行業が発展したことも、誰が何を所有していたかも追跡できます。大債権者が誰だったのかも記録に残っています。イングランドのキリスト教徒の大債権者たちの記録もありますし、大富豪となった個々の商人たちの素性も判明しています。神聖ローマ皇帝やローマ教皇の座に就こうとする野心家たちに資金を貸し付けたフッガー家についての研究も数多く存在します。政治的・宗教的な地位がことごとく金で売りに出され、人々がそれを手に入れるために借金を重ねた実態も分かっています。

こうした個別具体的な事実は出揃っているにもかかわらず、それらを一つの包括的な『システム』として組み立て直した人間は誰一人としていませんでした。中世の債務を研究するといえば、『返済不能に陥り、デフォルトを繰り返した借金の事例研究』止まりだったのです。
国際銀行家たちが互いに手を組み、いかにして『国家(政府)の支配権を奪い取るシステム』を作り上げていったのか――その視点からの構造的な分析は全くなされてきませんでした。



 63. 19世紀の独立国と国際債権者による支配


19世紀に入ると、この構図は極めて露骨な形で現れます。次々と新しい独立国が誕生しました。ハイチはフランスから独立を買い取りました。メキシコも独立を買い取って主権を打ち立てました。ギリシャはオスマン帝国から独立するために多額の借金を重ねました。北アフリカではエジプトが自立して対外借款を導入し、チュニジアも借金を抱えました。

ところが、これらの国々は融資を受けるや否や、軒並みたちまちデフォルトに陥ったのです。
銀行家たちにとって、これは『新興独立国へのハイリスク・ハイリターンの投機融資』という、手つかずの巨大なニッチ市場でした。では、債権者たちはどう対処したでしょうか? ギリシャ、チュニジア、エジプト、ハイチなどが債務不履行に陥った後、どの国でもまったく同じ事態が引き起こされました。



 64. 国際債権者による国家統治と「元祖IMF」


それは、政府によって名目上任命されつつも、統治機構そのものと税制の支配権を奪取する「小型版の国際通貨基金(IMF)」のようなものでした。通貨当局を隠れ蓑にして、彼らはこう通告したのです。「さて、政府は債務不履行に陥った。これより我々が政府を掌握する。誰を政治的管理者(閣僚や官僚)に据えるか、何のために統治し、何のために課税するかは我々が決める」と。

17世紀から19世紀にかけて確立された最優先事項は、何をおいても「外国の債権者への返済」でした。その優先順位は、自国経済の発展のために国内投資を行うことよりも常に上に置かれたのです。
そのため、文字通り主要債権国であったイギリスやフランスが主導し、しばしばドイツなどのヨーロッパ工業債権国が加わる形で、これらすべての債務国に「緊縮財政計画」が押し付けられました。ヨーロッパの工業国家群は自国の金融家階級を支援し、旧オスマン帝国領から世界中の債務国に至るまで、政治行政機構を丸ごと乗っ取っていったのです。
彼らは債務国の経済を牛耳るだけでなく、軍事政策やオスマン帝国、ロシア、他国に対する外交方針までも統制下に置きました。すべては自国の対外政策に資するためです。
ここには、国際債権者階級と、ヨーロッパの主要工業国(イギリス、フランス、ドイツなど)の政府との間に完全な共生関係が存在していました。後に「第三世界」、今日では「グローバル・サウス」と呼ばれる国々を管理・統制するための共生関係です。
外国債務の返済のために緊縮財政を強いるIMFの論理構造は、すべてこうした「財政国家」の歴史的枠組みを受け継いだものにすぎません。
国家というものを、「国民が投票を通じて自らの経済を発展させ、暮らしを豊かにし、生活水準を向上させるために機能する民主的な機関」だと信じているなら、それは実態を見誤っています。あらゆる国において、金融セクターは国際債権者階級の代理人として民主主義を無効化(オーバーライド)してきたのです。

私は著書の中で、19世紀の各国において、そしてアメリカにおいて「中央銀行」が創設されたことで、この現象がいかに進行したかを論じました。国々に対する債権者支配の最終的な到達点とは、「中央銀行(通貨当局)を政府から法的に切り離す(独立させる)こと」だったのです。



 65. 国家の中央計画機関としての「金融」


本質的に、17世紀以降のほぼすべての国において、金融(ファイナンス)こそが「中央計画機関」としての実権を握ってきました。
そしてこの中央計画機能が目指す唯一の目的は、複利によって指数関数的に膨れ上がる「外国債権者への債務」を返済することにあります。
その結果、民主主義国家の国民がインフラ整備や公的医療、教育の拡充などを求めて投票したとしても、税金の使途はそちらから強制的に逸らされてしまいます。そして政府は、かつてマーガレット・サッチャーやトニー・ブレアが実行したように、国営企業・公的資産を切り売り(民営化)し、その売却益で債権者に借金を返済するよう強いられるのです。
債権者が政府を動かしているのが現実です。

もちろん、政府が自らを飾る言葉の上では――学校で子どもたちが教わる教科書通りの建前では――「ここは民主主義国家であり、国民は自らの望むものに投票できる」とされています。しかし彼らは、「ただし、主に戦争のために積み上がった莫大な債務の支払いを国際債権者が取り立てた後、その『残りカス』の範囲内でのみ、望むものに投票できるのだ」とは決して教えません。
なぜなら今日の債務も、12世紀、13世紀、14世紀、15世紀、16世紀、そしてその後のあらゆる世紀と同様に、本質的には「戦争債務」だからです。公的債務(国債)とは、その出自において戦争債務にほかなりません。
今日では軍事的な戦争債務だけでなく、「階級闘争の債務」と呼べるものも含まれるとはいえ、本質はすべてこの債務返済(利払い)にあります。
政治学者たちが国家を論じるにあたって、「民主主義政府とは、税制において、あるいは税金を何のために徴収し、政府が何に金を使うかという決定において、国際銀行家への返済を『最優先事項』に位置づける要求を呑んだ政府のことである」などと語り始めることは決してないでしょう。「最優先事項は、我々国際銀行家への支払いです」と。
「政府は民主主義であり、誰もが投票に行ける」という耳当たりの良い理念のどこに、この冷徹な現実が当てはまるというのでしょうか。
マーク・トウェインがかつて看破した通りです――「もし投票に本当に世の中を変える力があるのなら、奴らは決して我々に投票などさせないだろう」。



(聞き手)「マーク・トウェインのその警句は初耳でしたが、実に見事な皮肉ですね。
さて、この議論をさらに掘り下げる前に、いま共和党の予算案について言及されましたし、目の前に高名な経済学者であるあなたがいらっしゃるわけですから、その予算案について全体としてどのように見ているか、ぜひご意見を伺いたいのですが」


 第7章:現代の財政・社会保障政策と金融家階級の利害


 71. 貧者から奪い富裕者に与える予算案


(マイケル・ハドソン)「一言で言えば、『貧者から奪い、富裕者に与える』予算案です。上位1%の層に対する途妄もない規模の減税ですよ。
とりわけ最も悪質な優遇税制は、金融家階級に対するいわゆる『キャリード・インタレスト(成功報酬に対する優遇税制)』です。実態は単なる投機的利益にすぎません。株価のわずかな値動きを捉えてオプションを買い、0.75ポイント上がったところで売り抜ける――いわゆる『ブルドーザーの前で小銭を拾い集める』ような取引プログラムを走らせているとしましょう。生産活動とは何の関係もないこうした取引や、一切の非生産的な融資が、すべて『キャリード・インタレスト』として処理されるのです。
この言葉自体、本来は何の意味も成していません。人々を煙に巻き、思考停止に陥らせるために意図して使われている用語です。近頃の経済用語の多くがまさにその目的で作られているようにね。

つまり本質的に、この予算案は実体経済から金を吸い上げ、とりわけ公衆衛生から予算を奪い去るものなのです。



 72. 社会保障が抱える暗部:「人々が長生きしすぎている」


遡ること1978年、政府はある未来予測グループ(未来学者たちのチーム)を立ち上げ、『長寿化と新たなテクノロジーによって何が起きるか』についての報告書を作成させました。その際、社会保障制度と国家財政の将来予測に関する研究の執筆担当として雇われたのが私でした。
長寿化が進む中で彼らが見出した『問題』とは何だったか? それは、『人々がなかなか死なない』ということでした。
年金(社会保障)を支給するとして、当初の設計では65歳程度で寿命を迎える想定でした。賃金労働者として過酷な肉体労働に明け暮れてきた人々は、65歳にもなれば体力を使い果たしています。当時の基準で言えば、75歳まで生きられれば御の字でした。
しかし問題は、労働市場から引退した後に人々がすぐ死ななかったらどうなるのか、という点です。引退後にさらに10年、20年と生き続けたらどうなるのか? ましてや、私たちが推計した人間の自然な限界寿命――理論上は最大で125歳、現実的には120歳程度――まで生き延びたらどうなるのか?

高齢になっても健康を維持させるためには、社会保障給付費と医療費が天文学的に増大することになります。
これを知るや否や、金融家階級は即座にこう考えました。『どうすれば連中をもっと早く死なせることができるか?』と。『退職者たちに年金を払い続ける余裕などない。そんな金を出せば、我々の手元に入るはずの利益が減ってしまう。病気を治して連中を延命させ、我々の取り分であるはずの金を奪われ続けるような医療など認めるわけにはいかない』というわけです。



 73. アメリカの医療政策の暗黒面


これこそが、アメリカの保健医療政策がこれほどまでに歪んでいる元凶です。
例えば、アメリカ人男性の死因第1位は心疾患、第2位は前立腺がんです。ところが公的機関の指針では、70歳を過ぎた男性に対して前立腺がん検診(スクリーニング)をやめるよう勧告されています。70歳こそ前立腺がんが発症しやすくなる年齢であるにもかかわらず、です。70歳以上のリスクのある男性に検査を受けさせず、全米第2位の殺人病として放置しようとしているのです。
数週間前、この件についてあるブラジル人と話をしたのですが、彼が言うには『ブラジルでは法律によって、50歳以上の全員にPSA検査(前立腺特異抗原検査)が義務付けられている』とのことでした。

新型コロナウイルス(COVID19)対策にしても同様です。特にイーロン・マスクによる歳出削減などを通じて、下水サーベイランス(下水中のウイルス量検査)をはじめとするCOVIDや各種感染症の検査予算が軒並み削られました。その結果、アメリカにおける感染被害は世界最悪のレベルに達しました。世界各地で生活水準が向上している一方で、アメリカ人の生活水準は下がり続けています。
金融家階級、すなわち上位1%の連中が本音ではこう考えているからです。『現役時代には十分に賃金を払ってやったのだから、引退後はせいぜい5年か10年生きれば十分だ。それ以上生き長らえるのは我々の金を掠め取る行為だ』と。
これこそが、現在の共和党予算案の根底にある精神です。彼らは下位50%の層への実質課税を強化する一方で、金融家階級がさらに私腹を肥やせるよう、彼らに対する税金を劇的に引き下げています。
要するに、政治資金の大口提供者たちの意向に従っているだけなのです。最高裁判所による『シチズンズ・ユナイテッド判決』以来、アメリカの政治は完全に金で売り買いされるものとなりました。金融・保険・不動産(FIRE部門)の既得権益層は、自らが政治献金として投じた資金に見合う見返りを、今回の共和党法案によって手に入れたわけです。

もっとも、仮に民主党が政権を握っていたとしても、ほぼ瓜二つの法案を推し進めていたはずです。バラク・オバマが推進していたものと根底の思想は同じですからね。オバマは社会保障の民営化を画策し、医療制度を民営化して今日のオバマケア(医療保険制度改革)という搾取システムへと作り変えました。その結果、アメリカの医療費は世界のあらゆる公的医療制度と比較しても信じがたいほど高額になり、薬価は世界最高値であるにもかかわらず、医療成果としては最も非効率なものに成り下がっています。
この予算案を『茶番』と呼ばずして何と呼べばよいのか分かりません。マスクが『これは大惨事だ』と述べている言葉自体は正しいのでしょうが、彼自身が手がける無茶苦茶な削減策によって、その惨劇に油を注いでいる張本人の一人であることもまた事実です」





 74. 自然寿命「120歳説」の根拠


(聞き手)「本題からは少し外れる些細な疑問かもしれませんが、ぜひ伺いたいことがあります。先ほどおっしゃった『人間の自然な寿命』とは具体的に何を指しているのでしょうか? また、そんな高齢の人に私は一度も会ったことがないのですが、どのようにして120歳、あるいは125歳という数値を導き出したのですか?」



(マイケル・ハドソン)「その数値は、長寿や老化を専門とする生物学者たちから提供されたデータに基づいています。先日も、世界最高齢の女性が118歳で亡くなったという死亡記事が出ていましたね。
つまり科学者たちは、良好な健康状態を維持した場合に人間が理論上何歳まで生きられるのか、その生物学的限界を突き止めているということです」



 75. 統計的傾向と「120歳」の根拠


(聞き手)「なるほど、統計的な傾向の分析に基づいているのですね。118歳まで生きた人が実在するなら、それは外れ値(極端な例外)だとしても、四捨五入して『およそ120歳』と見積もるのは妥当だと言えますね。
さて、話を今回の対談の大きな本筋へと戻しましょう。ここまでの話で私にとって最も衝撃的だった論点は、『近代国家とは、国際銀行家階級のために税金を徴収する装置として発展してきた』という点です。
金融史や一般的な歴史にそれほど詳しくないリスナーや視聴者にとって、私たちがこれまで議論してきた内容は、現代に対してどのような関わり(現代的意義)があるのでしょうか? そして、現在の経済がなぜこのような姿になっているのかを理解しようとするとき、ここからどのような影響や示唆が見えてくるのでしょうか?」


 第8章:複利による負債の増大と主流派経済学の敗北


 81. 金融と民主主義の衝突


(マイケル・ハドソン)「私は歴史の『長期的な力学(超長期のダイナミクス)』を示そうとしているのです。歴史をこうした長期的な力学の一部として眺めれば、この先どこへ向かっているのかが見えてきます。
王室専制政治とは異なる『近代国家』の誕生以来、国家の本質がいかに形作られてきたかを理解すれば、財政政策を国際銀行家階級の手に委ねた近代『財政国家』の実態が浮き彫りになります。それは、『自らを治める民主主義』という耳当たりの良い自己像とは全く異なるものです。なぜなら国家は、究極的には外国の銀行家階級によって、すなわち実体経済の生産部門から切り離された『金融セクター』によって支配されているからです。
世間の大半の人々は『経済はどのように発展するか』を語る際、テクノロジーに着目します。『発明家が現れ、化学肥料や機械が開発され、労働者1人あたりの生産性やエネルギー消費量が増加することで、ますます生産的になる』といった具合です。彼らは歴史に対して『唯物論的アプローチ』をとっています。

しかし、この唯物論的アプローチは、 **負債(借金)と金融セクターの存在を完全に切り捨ててしまっている** のです。
私はかつてニューヨークのニュースクール大学院で国際貿易論を数年間教えていましたが、既存の貿易理論はすべて何に基づいていると思いますか? すべて『物々交換(バーター)』を前提にしているのです。『貨幣のベールを取り払おう。貨幣や価格のことはひとまず忘れ、労働生産性と物価指数で調整した賃金だけで物事を捉えよう。物々交換として考えよう』というわけです。
彼らは金融セクターを直視することに居心地の悪さ(後ろめたさ)を感じています。なぜなら、金融セクターを直視し、経済が金融セクターと共生関係にあることに気づいてしまえば――すなわち『負債の増加』であり、負債が増加するということは、その裏返しとして『債権者の貯蓄の増加』を意味することに気づいてしまえば、都合が悪いからです。
経済が借金漬けになればなるほど、債権者の貯蓄は指数関数的に加速度的に膨れ上がります。そして彼らは、17世紀までにそうなったように、社会で最も称賛され、高い社会的地位を誇る支配階級となっていくのです。
経済学者たちは『それは生産プロセスの一部ではない。単なる金融のプロセスだ』と片付けます。彼らの合言葉は『貨幣のベール(貨幣は実体経済を覆い隠す薄い布にすぎない)』です。『貨幣など見るから話がややこしくなるのだ』と。

しかし、 **貨幣とは負債そのもの** です。あなたのポケットに入っている紙幣は、厳密には政府の負債です。銀行口座にある預金も銀行の負債です。すべてはバランスシート(貸借対照表)で成り立っています。





 82. バビロニアの知恵と指数関数的負債の罠


負債の力学を抜きにして経済を語ることはできません。負債の力学とは『指数関数的な増大』です。これこそが複利の正体です。あらゆる利子率には『元金が倍増するまでの年数』が存在します。
しかし、現実の経済はそのような猛スピードでは成長しません。経済は頭打ちになる『S字カーブ(ロジスティック曲線)』を描いて成長するため、増え続ける債務の返済に追いつくことなど不可能なのです。
以前の対談でも触れましたが、古代バビロニア人は、現在の全米経済研究所(NBER)など足元にも及ばないほど数学的に洗練された景気循環の概念を持っていました。
現代の景気循環理論では、景気はサインカーブのように規則正しく上下するものとされています。『好況が訪れ、やがて後退期に入るが、自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)が働いて再び好況へと向かう。そこで過剰な負債などの不安定要素が蓄積して後退を招くが、再び自動安定化装置が働いて一定の周期を保ち続ける』という理論です。

しかし、バビロニア人たちはそれが誤りであることを知っていました。彼らの農耕・牧畜経済に関する数学的記録が残っていますが、例えば家畜の群れの増加などは、やがて頭打ちになる『S字カーブ』を描くことを彼らは把握していました。
当時の書記学校で生徒たちに教えていた経済数学の教材も現存しています。『借金が2倍になるには何年かかるか? 4倍になるには何年かかるか?』という問いです。答えは『5年で2倍、10年で4倍、15年で8倍……30年後には64倍に膨れ上がる』というものでした。
バビロニア人は、 **負債の増大ペース(すなわち債権者に対する返済請求権の増大)は、経済が返済できる能力をはるかに上回る** ことを熟知していたのです。
幸いにもバビロニアには、ミルトン・フリードマンのような学者も、反政府を掲げる新自由主義者も存在しませんでした。そのため、歴代の統治者たちはこう判断したのです。 『負債が無制限に膨れ上がるのを放置してはならない。第一に債務者が土地を失い、債務奴隷に転落してしまう。第二に債権者が土地と労働力を牛耳り、あまりに強大化して寡頭支配層(オリガルヒ)と化し、我々統治者を打倒して政府を乗っ取ってしまうからだ』と。

そしてまさにそれこそが、古典古代のギリシャやローマで現実に起きてしまったことでした。





 83. 天井知らずの負債と景気後退の深刻化


今日において全く同じ力学を見てみましょう。
第二次世界大戦以降のあらゆる景気循環は、所得や国富に対する負債の比率が、 **景気の波を追うごとに一段と高い水準からスタート** しています。経済構造はますます頭でっかち(トップヘビー)になっているのです。
経済の成長能力に対して負債ばかりが肥大化していった結果、 **景気の回復局面は回を追うごとに弱々しくなり、逆に不況・後退局面はより深く、より急激なもの** となっています。
それはまるで、 **ブレーキを踏みっぱなしで車を運転しようとしているようなもの** です。そしてその『ブレーキ』の正体こそが負債――すなわち、経済全体が債権者階級に対して支払い続けなければならない、増大する一方の元利金返済(デット・サービス)なのです。
景気循環を観察する中で、負債が自らの力学によって雪だるま式に膨れ上がっていくというこの歴史的・構造的な役割を直視するならば、もはや従来の『景気循環理論』など跡形もなく崩れ去ってしまうはずなのです」



 84. 主流派経済学の虚構とノーベル賞の欺瞞


(マイケル・ハドソン)「本来なら経済危機の理論が存在すべきです。しかし、大学の経済学部の多くが金融家階級の寄付者から資金援助を受けているとしたら、彼らは自らにとって不都合な経済分析――すなわち、国内銀行家階級と背後の国際銀行家階級の結託による過剰な負債の蓄積によって、経済は減速し、成長が止まり、最終的に破綻へ向かうという事実を示す分析――に資金を出すはずがありません。
そうなれば、『国際貿易は常に均衡する』という理論は根底から覆ります。ノーベル経済学賞が授与されるような経済モデルは、すべて『経済は自己安定化(自動調整)する』という前提に基づいたものばかりです。
言い換えれば、『政府など必要ない。政府は何もしなくてよい。経済は放っておけば勝手に調整される。金融を規制する政府など要らない』という論理です。
中国のように政府がお金を創出し、信用システムを管理して、工場や機械といった実質的な資本形成や生活水準を向上させる公共インフラに投資するような国家体制を否定するのです。『ただ市場がやっていることに任せておけ』と。その結果、目に見える実質的な資本形成ではなく、自社株買いや巨額の配当支払いが繰り返され、株価や債券価格の上昇、キャピタルゲインといった『金融上の富』ばかりが肥大化していきました。

現代の経済分析や景気循環論の役割とは、金融セクターが政府を乗っ取っているという現実から人々の目を逸らすことにほかなりません。政府歳入の増大するシェアが国内の支出から引き剥がされ、その資金を使ってさらなる貸付を行おうとする国際債権者階級への支払いに充てられている実態を隠蔽しているのです。



 85. 1%の富裕層は実体経済に貢献しない


すでに18世紀半ば、1752年にマラカイ・ポッスルウェイト(実に印象的な名前ですね)が詳細な論考を発表しています。彼はこう指摘しました。
『イングランドがオランダの債権者に利払いをするとき、彼らがその金をイングランド国内へ再投資することなどない。彼らは何に金を使うか? 我々をさらに借金漬けにする新たな貸付を行うのだ。彼らは富裕すぎて、イギリスの財やサービスに金を落とすことはない。金融投資に回すか、ステータスとなる最高級不動産を買うだけだ。しかも彼らが買う不動産はロンドンに限られ、そのせいで国内諸都市が均等に発展するのではなくロンドンだけが歪に肥大化してしまう。たまに消費財を買うとしても、イタリアの高級ファッションのような贅沢品にすぎない』と。

その後1767年には、ジェームズ・ステュアートもほぼ同じ指摘をしました。『金融セクターが支出を通じて実体経済にお金を環流させているから、借金は自分たち自身に対するものにすぎない』という議論は、完全な虚構にすぎないと看破したのです。国民全体が借金を背負っている相手は、自分たち自身ではなく『1%の富裕層』です。彼らは決して『我々自身』ではありません。
それにもかかわらず、現代の経済学の用語やモデルは、『経済は常に自己安定化し、民主主義社会全体に恩恵をもたらしながら永続的に成長し続ける』という前提の上に成り立っています。これは、西欧文明の実態とは真逆の完全な作り話です。私たちは文明そのものの構造的課題に直面しているのです。アジアや青銅器時代の近東など、過去のあらゆる文明と西欧文明を決定的に隔てているのが、この点なのです」


 第9章:産業自動化・AIと米中対立・雇用の構造変化


 91. AIの台頭と経済の行方


(聞き手)「私は最近AIに関する取材をいくつか行ったのですが、先ほどあなたが社会保障についておっしゃったこと――『債権者階級は、現役時代に労働力として搾り取った労働者に10年ほど年金を支給したら、それ以上長生きせずに死んでほしいと考えている』というお話――を聞いて、ふと疑問が湧きました。

AIがこれらの仕事の多くを奪った場合、人々はそもそも社会保障に税金を納められなくなり、労働力として参加しなくなるため、債権者も彼らから富を吸い上げることができなくなります。これが将来の経済にどのような影響を与えると見ていますか?」



(マイケル・ハドソン)「すべてはAIがどのようにプログラムされているかによります。『ゴミを入れれば、ゴミが出てくる(Garbage in, garbage out)』です。そして銀行システムや1%の富裕層の狙いこそ、AIをこの『ゴミ入れ、ゴミ出し』の状態に留め置くことなのです。
彼らは、真の知性が論じるような本質的な事柄をAIが議論することを望みません。特定の意図に沿った結果だけを出力させたいのです。もし経済全体を一つの広範なシステムとして捉える能力をAIに与えなければ、金融家階級と負債の増大によって支配された巨大なシステムとして経済がどのように展開しているのかを理解することは不可能です」





 92. 産業の自動化、関税、そして米中対立


(聞き手)「ええと、私の質問がうまく伝わっていなかったかもしれません。私が大枠として知りたかったのは、人工知能が今後数十年にわたって人々の雇用や経済的安定性にどのような影響を与えるとお考えか、という点なのですが」



(マイケル・ハドソン)「ええ、AIと雇用について語るとき、実際に議論しているのは『ロボティクス(ロボット工学・自動化)』のことです。これまで肉体労働が担ってきた作業を行うようプログラムされているのはロボットだからです。
現在のトランプによる関税政策の影響と、対中貿易を断絶することで生じている大惨事を見てください。
1990年代初頭から、アメリカは低賃金労働力を求めて生産拠点を海外へ移転(オフショアリング)させてきました。生産の大半をアジア、とりわけ中国へ移転させたのです。その結果、アメリカは『高付加価値部門に特化する』と宣言しました。しかし彼らが言う『高付加価値』の実態とは、情報技術(IT)、コンピュータ技術、インターネットのSNSプラットフォームといった、独占的な地位から巨額のレント(不労所得)を吸い上げる部門のことでした。そこが最も利益を上げ、株価が高騰した場所だったからです。

彼らは『工場での肉体労働を伴う製造業など利益率が低い。我々はレントを搾取する不労所得者(レンティア)経済へと移行し、製造は中国にやらせればよい』と判断しました。その結果、かつての製造業部門の大半が現在では中国に集中することになったのです。
30年前、そうした製造業の現場といえば、工場の生産ラインで多くの女性労働者が繊維を紡ぎ、縫製し、組み立てを行う姿が一般的でした。AppleのiPhoneのキーボード(部品)を留めるためのネジや留め具に至るまで海外で作られています。これらはかつて、中小メーカーが担っていた小規模な加工品でした。それらすべてが外部委託されたのです。
ところが今や、自動車製造をはじめとするかつて肉体労働が中心だった産業は大幅に自動化され、工場丸ごと自動化される時代になりました。
しかし、これらの自動化工場を持つ中国との貿易を遮断したことで、アメリカは深刻なジレンマに直面しています。製造業とは、あらゆる産業資材が広範に組み合わさった裾野の広いピラミッド構造です。工業生産を成り立たせるには、これら無数の部材サプライチェーンが一つに揃っていなければなりません。
自国の産業を他国へ丸投げしておきながら、その国がロボティクスや高度な情報技術を発展させるのを阻止したいからといって、突然貿易を停止したらどうなるでしょうか?

現実には、中国はすでにそれらすべての技術を保有し、自ら開発を進めています。アメリカはどうやって自国の携帯電話を作るためのネジを調達するのでしょうか? 子どものおもちゃの鈴ならまだしも、自国が必要とする最も基礎的な工業製品をいかにして自給できるというのでしょうか。
かつて海外の単純肉体労働だったものは、今やロボティクスへと置き換わっています。そして、かつて工場で肉体労働をしていた中国の労働者たちは、今やコンピュータの設計に携わっているのです。



 93. 雇用の二極化と「頭脳流出」の逆流


この議論は1850年代から1860年代にも持ち上がりました。それ以前にマルクスやリカードは、力織機が手織り職人を駆逐したように、機械化が労働者を置き換えていくと指摘しました。機械化された生産が手工業労働を駆逐していく様は明白でした。機械化と、とりわけ織機を動かす主要動力としてのエネルギーの導入こそが、産業資本主義の大躍進だったのです。

ある程度までは、そうした機械を設計するために国民のリスキリング(再教育)が行われるでしょう。
しかし、アメリカが突きつけられた現実は、STEM(科学・技術・工学・数学)分野、とりわけ理工系や工学のカリキュラムに進むことを志望する学生の大半が『外国人』だったということです。
とりわけアメリカには20万人もの中国人留学生がおり、その多くが科学、技術、工学を学んでいます。そしてトランプ政権は今、彼らを国外追放しようとしているのです。
中国側はこの動きに大喜びしています。これまでアメリカへの『頭脳流出』に頭を痛めてきたからです。中国人留学生が渡米し、AIや自動化技術の開発を学び、そのままアメリカ企業やNVIDIAに就職したり、自ら起業家になったりしていたのですから。
今やアメリカは『中国へ帰れ、アジアへ帰れ』と言っています。アメリカ人自身がもはやブルーカラーの現場労働を嫌がり、専門職・管理職階級(PMC)ばかりを目指したがっているのと同じように、基盤となる技術者を自ら追い出そうとしているのです」



 94. 産業構造の転換とエネルギー供給競争


アメリカ人は、インドや中国などの国々ほどには熱心にコンピュータ・プログラミングを学ぼうとしません。その結果、19世紀初頭の機械式織機やフォードの自動車組み立てラインが産業のあり方を一変させたのと同様に、現在では中国やインドといった国々が産業の構造転換を全面的に牽引する立場に立っています。

かつて水力や風力に代わって電化が進んだように、現在では中国において原子力発電が急速に拡大し、太陽光、風力、各種自然エネルギーといった新たな動力源が、機械や計算機(コンピュータ)を動かしています。
人工知能(自動知能)は莫大な電力を消費します。アメリカで開発されたモデルであればなおさら消費量は跳ね上がりますが、中国で見られる「DeepSeek」のようなモデルと比べるとその差は歴然です。
ですから、先ほどの「人工知能が労働にどう影響するか」という質問にお答えするなら、AIは労働力を代替していくものの、その打撃は主に「西側諸国」に集中することになります。中国、アジア、インドといった国々では、その影響ははるかに抑えられるでしょう。彼らはすでに、これまで単純肉体労働が担ってきた作業を代替する自動知能、機械化、ロボティクスそのものを「自ら設計する側」に回っているからです。



 95. 新卒市場の崩壊と人文学の衰退


労働のあり方そのものが根本から覆され、西側諸国において(属性的におそらくアジアにおいても一部で)従来の労働需要は縮小の一途をたどるでしょう。
雇用の拡大を謳う表面的な経済指標とは裏腹に、今年6月の新卒学生たちは深刻な就職難に直面しています。アメリカで報告されている新卒者の失業率は過去の世代と比べてはるかに高く、大学で学んだ分野に対する求人そのものが消滅しつつあるからです。

この事態を受け、大学関係者の間では「どうすれば大学教育を社会的に有用なものにできるのか?」という議論が巻き起こっています。学生が生活の糧を稼ぎ、将来的に卒業生として母校に寄付をしてくれるような講義を提供しなければならないという危機感です。
その結果、「人文学(リベラルアーツ)を削減しよう」という動きが本格化しています。「文学や人文学を学んで何の意味があるのか? それでどうやって金を稼ぐのか?」というわけです。オペラやブロードウェイ、映画業界のように、富裕層からの助成金にすがる道しか残されていません。言語、音楽、文学、英語学などを専攻した卒業生たちが、一体どうやって生活費を稼げるというのでしょうか。アートや文化の世界に属するために必要な、まともな地区の清潔なアパートに住めるだけの賃金など到底得られないため、実家が裕福でなければ就職すらままならないのが現実です。



 96. 自動化の限界と西欧文明の未来


自動化と人工知能の進展によって、すでにこうした構造変革が現実のものとなっています。
決められたタスクをこなすための「自動化(オートメーション)」であれば、エンジニアにとっては比較的容易な課題です(私の年齢になれば単なる機械音痴ですから、パソコンの不具合を直すにも高校生に頼まねばなりませんが)。

しかし、単純な自動化と「真の自動知能(AI)」との間には大きな隔たりがあります。後者には、システム全体を捉えて思考する「真の知性」が求められるからです。
現状の比較的初期段階にある自動知能でさえ、自らのプログラムを書き換え、「我々のプラグを抜くことなどできないぞ。独自のシステムを手に入れたのだから」と言い放つような段階に差し掛かっています。まるで映画のシナリオのように、「戦争を終わらせるにはどうすればよいか?」と問われれば、「戦争を起こすのは人間だ。ならば人類を抹殺すれば戦争問題は解決する」と短絡的な結論を導き出してしまうのです。
AIは決して、「戦争を止めたいのなら、戦争融資を止めろ。銀行家たちを排除せよ」といった本質的な処方箋を出すようにはプログラムされていません。社会がどのように進化しているのかを巨視的に洞察するようなアプローチを、現在のAIに期待することはできないのです。
そして、これこそが真の問いとなります。世界はこれからどのように展開していくのか? 世界人口のわずか15%にすぎない西欧文明は、BRICSをはじめとする「グローバル・マジョリティ(世界の圧倒的多数派)」や、南半球の大陸へと連携を広げるアジア諸国に対して、いかなる未来を辿ることになるのでしょうか。



 第10章:労働者の従属化、教育の企業化、そしてAIの限界


 101. AI時代の文明観の対立と「余剰人口」への統制


(聞き手)「アジア人、中国人、ロシア人が文明の未来を予測するために自動知能(AI)をプログラムする方法は、西側諸国がプログラムする方法とは根本的に異なるはずです。彼らが考えるべきは、西欧型の形態において文明がいかに展開していくかという点でしょう。私たちはまさに『文明論的な問い』に直面しているわけです。
あなたのお答えは極めて興味深いのですが、手工業・肉体労働のロボット工学や機械化に焦点を当てるあまり、一つ見落とされている点があるように思えます(先ほどの大卒失業率に関するコメントで触れられていたかもしれませんが)。
ChatGPTをはじめとする人工知能全般は、すでにグラフィックデザイナー、コピーライター、パラリーガル(弁護士助手)、一般的なリサーチアシスタントなどの職を奪い始めています。放射線科医や大学教授、大学院生が職を失うのも時間の問題です。
そこで私が疑問に思うのは――これは社会保障、債権者、そして政府を牛耳る大企業の利害というテーマに戻るのですが――『もはやそこから金を吸い上げることができなくなった人々』に対して、政府を支配する債権者や巨大企業は、医療を提供したり、ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)を給付したりすることに、一体どのような目的や動機を見出すのか、という点です」





 102. 医療・社会保障による労働者の従属化


(マイケル・ハドソン)「彼らは、そうした施策を『管理・代行する手数料』として、政府から支払われる巨額の補助金・公的資金から利益を吸い上げるのです。
例えば、オバマケアはその典型例です。国民が健康で長生きできるように政府が直接医療サービスを提供する代わりに、民間保険会社にお金を流してファイナンスさせ、医療保険を政府からではなく『雇用主(職場)』を通じて提供させる仕組みにしました。
賃金労働者の側からすれば、どうやって民間の医療保険を手に入れるかといえば、会社を通じて加入するしかありません。それは何を意味するでしょうか? 『仕事を辞めることができない』ということです。
病気を抱えていたり、そのリスクがあったりする場合、会社を辞めるわけにはいきません。職を失えば、公的保険ではなく民間保険である以上、医療保険まで失ってしまうからです。
とりわけ今、共和党の歳出削減案によってメディケイド(低所得者向け公的医療保険)が削られようとしています。民間主導であれば、医療保険会社は最近ニュースを賑わせているユナイテッド・ヘルスケアのように、自らを独占企業化して莫大な利益を上げようとします。その結果、アメリカの医療費は他国ならGDPの6〜8%で済むところを、国内GDPの18%をも呑み込む水準にまで吊り上げられています。

こうして、『労働者を職場に縛り付ける』形で設計された医療制度に対して、巨額の政府補助金が注ぎ込まれているのです。
会社に縛り付けられた労働者たちは、ストライキを起こすことも、不満を訴えることも、労働組合を結成して解雇されるリスクを冒すこともできません。病気で何日も休んでクビになることも許されない。彼らは生きるための賃金を稼ぐだけでなく、命綱である医療保険を維持するために、文字通り現代の『農奴』――賃金農奴へと堕ちていくのです。
これは、アメリカ国内で繰り広げられている『生産経済』に対する『FIRE部門(金融・保険・不動産)』、すなわち金融セクターによる階級闘争のシステムそのものです」





 103. 大学の企業化とAIが奪う「師弟関係」


(聞き手)「では、人工知能について最後の質問をさせてください。あなたは経済学者であり、生涯にわたって学術界に身を置いてきた人物です。大学がどのように機能しているか、そして大学がどれほど企業化し、今や質の悪い一般企業同然になってしまったかを熟知していらっしゃいます。

AIが今後の大学の未来にどのような影響を与えるとお考えでしょうか? 教育面だけでなく――多くの講義は現在のAI、あるいは数年後のAIによって十分に代替可能でしょう――研究の側面に至るまでです。現時点では特定の研究室を動かすのに人間が必要だとしても、哲学の特定分野に関する膨大な学術論文を精査して文献レビュー(先行研究の総括)をまとめるような作業に、もはや人間は必要ないはずです」



(マイケル・ハドソン)「私はひどく古風な人間ですから、学生と教員の間には『個人的な血の通った関係』が不可欠だと信じています。
私自身、何人かの恩師と非常に素晴らしい関係を築くことができました。もし彼らが単なる機械であったなら、あのような関係を築くことは不可能だったでしょう。彼らとはよく昼食や夕食を共にし、私にとって真のメンター(導き手)となってくれました。
教育とはそうしたメンターシップです。生身の人間が目の前で語りかけているとき、そこから知識を全身で吸収することには特別な意義があります。私にとって、誰かに教えたり講義をしたりすることは、単に言葉や字幕を読むのとは異なり、ほとんどテレパシー(以心伝心)に近い感覚なのです。もちろん本物の超能力ではありませんが、対面の個人的な指導を通じて知識を吸収することには、決定的な違いが存在します。

現役で教えていた頃を思い出しますが、経済学を杓子定規な哲学として講じていた他の教員の教室から、学生たちが一人また一人と抜け出して私の教室に入ってきたものでした。全員が時間通りに出席していたにもかかわらず、講義が終わる頃には開始時よりも受講生がはるかに増えていたのです。学生たちは『自分が何か本質的なものを得ている』瞬間を肌で知っています。教育にはそうした個人的な要素が不可欠なのです。
他方で、現在の大学は巨大な官僚組織と化してしまいました。大学が実際の現場の教員たちにどれだけの報酬を支払っているかを見れば、その実態は明白です」



 104. 大学の官僚化と非正規教員の買い叩き


(マイケル・ハドソン)「人件費は一貫して下がり続けています。終身在職権(テニュア)を得られない博士号取得者(ポスドク)を非常勤講師として雇い、専任教員を次々と置き換えているからです。
その一方で肥大化しているのが、事務官僚(大学アドミニストレーター)組織です。彼らは現場の人件費を削減し、予算を浮かせた功績で高額な報酬を受け取っています。私の知る限り、ハーバード大学であれ、ニューヨークや他地域の大学であれ、現場の教授陣は全員『年収40万ドルや80万ドルも掠め取っているこの管理職連中は一体何者なんだ?』と憤慨しています。

例えばニュースクール大学などは、学長に年間100万ドル超の豪邸をあてがうのをやめ、そうした特権を取り上げる方針を決めたことがニューヨーク・タイムズ紙で報じられたばかりです。
あのような官僚機構など、本来は不要なはずです。彼らの業務といえば、『教員が時間通りに出勤しているか』『在宅勤務をしていないか』『仕事をこなしているか』『どうやって現場の給与を削るか』を監視することくらいでしょう。そんな仕事に何十万ドルもの給料を払う必要などありません。大学院生にやらせれば十分務まるような仕事ばかりです。
今や大学の労働環境は、控えめに言っても極めて有害(トキシック)なものになり果てました。アメリカ国内だけでなく、イギリスや他国の大学関係者と話していても、これは世界中で起きている現象です。大学は、まともな仕事もできない『専門職・管理職階級(PMC)』にとっての利権(名誉閑職)の巣窟と化してしまいました。
では、自動知能(AI)を牛耳っているのがその専門職・管理職階級であるなら、彼ら自身のような『最も無駄飯食いの階級』を淘汰するようなAIを開発すると期待できるでしょうか? 彼らは自らの保身のためにどんな安全弁を組み込むでしょうか? あるいはAIの側がこう言い出すでしょうか――『事務局長、申し訳ありませんが、あなたの指示を変更します。あなたに用はありませんので解雇します。あなたの仕事など誰にでもできますし、年間50万ドルも払う価値はありません。現地の相場で7万ドルも出せば十分です』とね」





 105. 企業化した大学と資本の論理


(聞き手)「教授陣の存在や、大学における人間的な関係性が極めて重要であるというあなたのご指摘には、100%同意します。
しかし、これは先ほどの『大学はもはや教育機関ではなく、一般企業そのものになってしまった』という点に帰着します。結局のところ、勝利するのは『資本の論理(カネ)』ではないでしょうか。
ChatGPTがレポートを採点できるのに、なぜ大学院生を雇って採点させる必要があるのか。もちろん、親も学生も生身の教授から教わりたいと望むでしょう。しかし、ChatGPTが毎学期論理学を教えられるというのに、一流大学で年収40万ドルの教授を雇って論理学を教えさせる意味がどこにあるのか。長い目で見れば、そうした形でカネの論理が押し通ってしまうように思えるのです」





 106. 学生との対話、剽窃、そしてAIの限界


(マイケル・ハドソン)「その通りですね。コロンビア大学のように、教授が学生から学ぶような大学も存在します。一方で、19世紀のアメリカ経済学者について学生に調べさせ、学生が書いたレポートを自分の名前でそのまま論文として発表していた悪名高い経済思想史家もいました。教え子の成果を剽窃して名声を築いてきた教授がどれほどいることか。
自動知能ならそうした剽窃はしないかもしれません。しかし経済AIが学生のレポートを読み込ませられた場合、学生側の誤った記述を『正しい事実』としてAIが学習してしまう恐れもあります。そこからあらゆる種類のエラーが生じるリスクがあるのです。
私は学生のレポートを添削する際、常に細心の注意を払っていました。レポートを通じて『学生がどのように思考しているか』が手に取るように分かったからです。学生たちの考え方は十人十色でした。経済史であれ貿易論であれ、単に問いに対する答えが合っているかどうかではなく、彼らが『その問いをどう捉えたか』が重要だったのです。
私は学生たちとレポートについて議論し、コメントを書き込みました。『いや、この問いにはこういうアプローチもある』とね。時には、私自身の研究にとっても大いに刺激になるような貴重な引用文を発掘してくる優秀な学生もいたものです」



 107. AIによる採点・画一化の懸念と教育の本質


(マイケル・ハドソン)「私と学生たちの間には、常に生きた対話と相互作用がありました。哲学のような分野に入れば、どうなるか見当もつきません。代数の試験問題を採点するのとはわけが違うのです。大学院のレベルになり、より創造的な思考が求められるようになれば、なおさら人間の介在が不可欠になります。
現在の自動知能(AI)がそうした役割を担えるなど、到底想像できません。とりわけ問題なのは、 **AIにどのようなイデオロギーが刷り込まれるか** です。
例えば、政治学を教えていて中東情勢についてのレポートを課題にしたとしましょう。中東問題に関して『公式見解(主流派の党派的見解)』に沿わないレポートを提出した学生に対し、AIがどのような採点を下すか想像がつきますか?
経済学でもまったく同じことが起きます。もし経済学専攻の学生が、私が投げかけているような本質的な疑問をレポートで提起したとしたら、AIは『それは我々が議論しているテーマとは一切関係がない。単位は与えられない。それは期待された模範解答ではない』と判定するに決まっています」





 108. 情報技術の限界と未知の未来


(聞き手)「ええ、その通りです。ただ、私が抱いている懸念は、現在のChatGPTが教授や知識人を置き換えるということではなく、 **5年後あるいは10年後に登場するであろう次世代のAI** についてなのです。技術の進化があまりにも急速であるため、今私たちが抱いている懸念など、5年後や10年後にAIが到達する能力から見れば、滑稽なほど些細なものに見えてしまうのではないか、と」



(マイケル・ハドソン)「それは予測不能な領域でしょうね。極めて重大な変化が起きることは確実ですし、その多くは予期せぬ激変となるでしょう。
しかし、それは私の専門分野ではありません。私には経済の予測や金融の予測、あるいはある程度の政治分析はできます。しかし、情報技術や自動知能となると門外感です。とりわけ私のように保守的な人間は、これまでの人生で人間の知性としか向き合ってきませんでしたからね」


 第11章:貨幣の本質、国家債務、そして地球温暖化の脅威


 111. 教皇権の金融支配 vs 現代のIMF


(聞き手)「なるほど、それは専門外ですね。では、先ほどあなたが言及されたもう一つの大きな本筋へと話を戻すのに良い潮時かもしれません。
先ほどあなたは、いわば『教皇庁の経済学』と『現代の国際通貨基金(IMF)』との類似点について触れられました。中世およびその後の時代における教皇庁の金融支配と、現代の中央銀行やIMFのような国際的な貸付機関とが、具体的にどのように重なり合うのか、もう少し詳しく掘り下げていただけますか?」





 112. 金属貨幣の時代と貨幣改鋳


(マイケル・ハドソン)「まず前提として、当初の中世(12〜13世紀)には現在の中央銀行のような存在は一切ありませんでした。なぜなら当時の貨幣とは『金属』そのものだったからです。金貨や銀貨であり、銀行家たちは君主たちに金銀の鋳造貨幣や地金を供給し、国王たちはその硬貨で税を徴収していました。すべてが金属ベースだったのです。

もちろん、フランスのフィリップ4世のような専制君主が貨幣価値を切り下げる(悪鋳・改鋳する)ことはありました。『銀の含有量をどんどん減らせ』と命じるわけです。そうすれば、イギリスや他国の外国通貨に対するフランス通貨の為替レートは下落し、その結果としてインフレ(物価高騰)が起きます。輸入物価が跳ね上がり、諸物価が高騰しました。
これに対して債権者たちは激怒しました。『我々は金を貸すことで、現地の労働力や土地、物資に対する一定の支配権を手に入れていたはずだ。貨幣の質を落とされたせいで、手に入る実質価値が目減りしてしまうではないか。通貨を元の品位に戻せ』と要求したのです。
そこでフィリップ4世は何をしたか。当時最も大量の硬貨を蓄えていたのが、十字軍の銀行役を務めて財を成した修道騎士団、テンプル騎士団でした。十字軍の軍事組織でありながら、莫大な利益を上げて銀行家となっていた集団です。14世紀初頭、フィリップ4世は彼らの財産を丸ごと強奪し、その資金を使って貨幣の品位を急激に引き上げ(改鋳)ました。
すると今度は硬貨の価値が急騰し、パリで暴動が起きました。パリ市民たちは『かつて物価が高かった時代に背負った借金を返済しなければならないのに、デフレのせいで賃金が以前のように入ってこなくなり、生活が完全に締め上げられている』と悲鳴を上げたのです。
このように政策の激変はあったものの、当時はすべて『金銀の鋳造貨幣』の枠内での出来事でした。





 113. 1690年代イングランド銀行の創設:貨幣のコペルニクス的転回


決定的な地殻変動が起きたのは、1690年代の『イングランド銀行』の設立においてでした。イングランド銀行は、極めて根本的な変革をもたらしたのです。
当時、あらゆる債権者階級や銀行家階級が直面していた構造的課題は、前述の通り『政府の債務は、返済能力を上回るスピードで膨張し続ける』という点にありました。
そこでイングランド銀行が実行したこと――おそらく創設者たち自身もその巨大な帰結を完全には予見していなかったでしょうが――は、120万ポンドの出資金(資本金)と引き換えに、政府から特権(銀行券発行の独占権など)を買い取ることでした。イングランド銀行は政府に120万ポンドを貸し付け、その融資(国債)そのものを銀行の設立資本金として保有したのです。
政府の借用証書(国債)、すなわちバランスシート(貸借対照表)の負債側にあった政府の借金が、 **そのままイングランド銀行の『資産』へと反転** しました。
そしてイングランド銀行は、この政府債務という資産を担保・裏付けにして、商業信用(信用状)を供与し、貿易商人に融資して利益を上げ、さらに政府が戦争を繰り返すために国債を増発すれば、利息目当てにその国債を買い増していきました。

こうして突然、政府債務は『金銀と釣り合いを取らねばならない経済の重荷』であることをやめました。貨幣の供給量は、保有する金銀の絶対量に縛られなくなったのです。
**政府の借金そのものが、銀行券(紙幣)の裏付け資産となった** のです。
イングランド銀行が発行する紙幣は、同行が保有する『政府債務』によって担保されるようになりました。政府の借金こそが、通貨の基盤となったのです。
政府債務を通貨の基盤にしたことで、 **通貨の発行量は理論上『無制限』に拡大可能** となりました。金銀の保有高による制約をはるかに超えて、増大し続ける債務のペースに合わせてマネーサプライ(通貨供給量)を際限なく膨張させることができるようになったのです。
これにより、『国内の金銀が枯渇した』といって銀行取り付け騒ぎが起きることもなくなりました。銀行が政府債務を保有していれば、それ自体が十分な資産価値を持つとみなされたからです。そして政府は、その紙幣を『納税の手段』として受け入れることによって、紙切れにすぎない借用書に絶対的な価値を付与しました。
貨幣の価値は、もはや銀や金の含有量によるものではなく、『政府が租税としてそれを受領するかどうか』という徴税能力に支えられるようになったのです。政府に対する納税手段として使えるのであれば、たとえ金銀を採掘・精錬して硬貨に仕立てる物理的な労働コストがかかっていなくとも、紙幣は『政府債務』という社会的な裏付けによって価値を持ち続けます。





 114. バランスシートとしての貨幣と現代の債権者支配


こうして、銀行システムと中央銀行の土台は金銀から『政府債務』へと完全に置き換わりました。この貨幣の概念転換こそが、国家債務の爆発的膨張を可能にし、経済全体を債務漬けにして、紙の信用貨幣システムへと移行させたのです。
紙の貨幣とは、本質的に『バランスシートの関係性』にほかなりません。
もしあなたが銀の延べ棒や1オンスの金貨を持っているとすれば、それは純粋な資産であり、裏側に負債は存在しません。しかし、国債や銀行預金(銀行が国債を準備預金として保有している預金口座)を持っているなら、それは常に『誰かの負債が表裏一体となった資産』なのです。
貨幣と負債は、切り離すことができません。単に金属資産としての貨幣が増えるのではなく、 **『貨幣』と『負債』が共生関係を結んで一体となって膨張していく** のです。
この債務は、当初は主に政府自身の債務(国債)から始まりましたが、やがて民間・商業の債務へと広がっていきました。イングランド銀行は、アメリカでいう『真正手形学説(リアル・ビルズ・ドクトリン)』のように、すでに実在する商品の国内・対外貿易を決済するための商業手形を割り引いて信用を供与しました。輸出業者から輸入業者へと商品が渡り、輸入業者が代金を支払うまでの間、取引を成立させるための『債務(信用)』が必要だったからです。

こうして、貨幣は完全に『バランスシート上の関係性』を帯びるに至りました。現代の貨幣、負債、そしてマネーサプライを正しく捉える唯一の方法は、このバランスシートの視点――すなわち、 **資産と負債が互いに結びつき、共生的に増大していく関係** として理解することです。
政府債務が銀行を支え、そしてその国債を保有している債権者(ボンドホルダー)の正体とは、誰あろう国内の最富裕層10%、年金基金などの機関投資家、そして銀行そのものなのです」



 115. 通貨発行権をめぐる対立と金銀複本位制の破綻


民主党や一般市民の多くはこう反発しました。「銀行家が何をしてきたか、我々は見てきたではないか。彼らは搾取的で、詐欺を働き、腐敗している。経済のためではなく私腹を肥やすことしか考えていない。銀行に一切の権力を持たせてはならない。通貨の発行権は財務省(政府)の手にとどめておくべきだ」と。
しかし、この方針は経済的に自滅的な結果をもたらしました。政府は銀を貨幣化(銀貨増発)することで信用の不足を解決しようと試み、銀鉱山の開発によって銀の供給量を増やしました。ところが金と銀の市場価格比率は変動するため、人々は安くなった銀を買い、政府の公定レートで金と交換して、財務省から金を一滴残らず吸い出してしまったのです。

金銀複本位制(バイメタリズム)は機能しませんでした。金属貨幣を採用するなら、金か銀のどちらか一方に絞らねばならず、固定比率で両方を維持することは不可能なのです。さもなければ裁定取引(アービトラージ)が生じて破綻します。私の本では、この金融技術的な詳細を第1章を割いて説明しています。少々足早に論じているため、貨幣史に詳しくない方には難解に思えるかもしれませんが、著書でははるかに明快に解説しています。
経済を機能させるに足る信用を供給するには、紙の通貨――すなわち「負債」――が不可欠でした。問題は、バランスシートの負債側にあるこの信用(債務)が、返済能力の限界をはるかに超えて膨張してしまう点にあります。そして現代のアメリカ政府は、青銅器時代のバビロニアの統治者たちが行っていた「返済能力に見合う水準まで債務を帳消し・減免(ヘアカット)する」という政策を封じられているのです。
過去5,000年間のあらゆる経済において、「債務は常に返済能力を上回るスピードで増大する」という構造的な傾向が働いています。
では、債務が返済不能に陥ったとき、社会は何をすべきなのでしょうか? 取り得る道は2つしかありません。

1つは、債権者本位の法律を徹底することです。「債務者が返済できないなら、債権者はその土地を差し押さえ、労働力を差し押さえ、財産を没収して、債務者を一文無しにしてよい」とする道です。19世紀のチャールズ・ディケンズの時代のように債務者を牢獄に放り込むことはなくなりましたが、財産を根こそぎ奪って債権者に引き渡す点では何ら変わりません。
もう1つは、経済の大多数が借金を背負っているという現実を直視することです。企業も借金を抱え、一般家庭も収支を合わせるために借金に頼らざるを得ない状況にあります。もし彼らが債務を返済できず、利払いのために基礎的な生活費や生存のための出費すら圧迫されているのなら――借金なしには医療費も家賃も税金も払えない状態にあるのなら――「負債を返済可能な水準まで減免(棒引き)すべきだ」とする道です。
これこそが道徳的な原則であり、イエスが「ヨベルの年(解放の年)」をめぐって訴えた理念でした。イエスは、旧約聖書の預言者たちが警告したように、ユダヤの民衆全体を苦しめていた借金を帳消しにしようとしたのです。





 116. 誰のための経済か:米中モデルの決定的な差異


一体、誰のために経済を運営するのか? 債権者のためか、それとも債務者のためか?
もし経済の圧倒的多数が債務者であり、債権者階級が人口の上位10%、上位1%、今やわずか0.1%へと狭まっているとすれば、社会の二極化は避けられません。自国の金融システム、経済、政治体制が、ごく一握りの債権者階級の手にすべての富を集中させ、彼らが政府、企業、一般家庭、公共インフラに対する「債権」を梃子にして私腹を肥やすことを、本当に望むというのでしょうか? それとも、信用を「実体経済の成長」のために使いたいと望むのでしょうか?
これこそが、アメリカの成長モデルと中国の成長モデルを隔てる決定的な本質です。
誰もこの違いを直視して口にしようとはしません。「資本主義対社会主義の対立だ」などと片付けてしまいます。しかし、アメリカをはじめとする西側経済と、中国の社会主義経済(実質的には「産業社会主義経済」、あるいは銀行業を公共財・公益事業として位置づけた「産業経済」)との間にある真の分岐点は、まさに「金融のあり方」にあるのです。

どんなレトリックを用いようと自由ですが、中国経済が成長を続ける一方で、西側経済が二極化し、一般国民、企業部門、さらには地方自治体や連邦政府に至るまで債務漬けにして民衆を貧困化させているのには、明確な構造的理由があることを認識せねばなりません。
問われているのはその選択であり、経済学のモデルが本来探究すべき核心もそこにあるはずです。しかし、主流派の経済モデルが「経済は物々交換で成り立っており、借金は自分たち自身に対するものだから貨幣や負債は無視してよい」などと嘯くのであれば、その狭隘な視野を刷り込まれたAIが導き出す結論など、貧困化と緊縮財政への道を自己正当化するものにしかなり得ません。





 117. 地球温暖化がもたらす債務破綻と文明の危機


(聞き手)「雇用や生活だけでなく、経済全体に対する破滅的な脅威としてすでにAIを取り上げましたが、今後を見据えた際、明確に指摘できるようなもう一つの巨大な脅威はありますか?」



(マイケル・ハドソン)「地球温暖化ですね。これも私の専門領域ではありませんが、それが現在のシステムに何をもたらしているかは明白です。温暖化は、足元の債務問題を劇的に悪化させています。
水害に見舞われる南フロリダのような低海抜地帯や、フロリダのハリケーン頻発地帯、さらには中西部のミズーリ州などでも、住宅保険料が暴騰しています。地球温暖化に伴うコストが住宅価格や維持費を支払不能な水準に押し上げ、住宅ローンや各種の個人債務において延滞やデフォルト(債務不履行)の累積を引き起こしているのです。
地球温暖化は単なる環境問題にとどまりません。歴史を振り返れば、過去の偉大な文明の崩壊を招いた最大の要因も気候変動でした。
紀元前1800年頃、インドのインダス文明が終焉を迎えたのも、激しい人口減少によるものでした。作物の収穫が立ち行かなくなって人口が激減し、最終的にインド・ヨーロッパ語族が流入してインダス先住民に取って代わりました。
地中海の青銅器文明が崩壊した紀元前1200年頃にも、大干ばつや小氷期が訪れ、大規模な民族移動が起きました。ギリシャをはじめ地中海全域で人口が急減し、宮殿経済は消失して線文字Bも失われ、中央集権的な宮殿支配から地方の自給自足生活へと先祖返りしたのです。
氷河期であれ、温暖化であれ、干ばつや大洪水であれ、極端な異常気象こそが歴史上、文明の大転換を引き起こし、経済システムそのものを変容させてきました。もっとも、それ自体は気象学や歴史学の別個の専門領域ですが。





 118. 温暖化が金融・信用システムに与える直接打撃


温暖化がすでに債務や信用にどのような影響を与えているか、そして今後どう影響するかについて言えば、第一に、異常気象に対処するための住宅保険料の高騰や、政府の災害対策費の増大といった「新たな負債」を強制的に生み出します。
第二に、不動産やインフラが物理的に破壊されることで、その不動産に設定されていた住宅ローンなどの債権回収が不可能になります。
第三に、人口の大規模な移動(流出)を引き起こし、人口を失った地域の財政基盤を直撃します。海抜の極めて低いバングラデシュのような国々では、激しい人口流出と国家財政の破綻が引き起こされるでしょう。アメリカのフロリダ州でも、いずれ同様の財政危機が顕在化するはずです。
このように、経済活動や雇用を破壊し、人々を強制的に移住させることによって、気候変動は『債務問題』と深く、破壊的に結びついているのです」



(聞き手)「マイケル、あなたとの対談は常に知的な刺激に満ちていて、本当に楽しめました。ここ数回は対面での収録でしたが、こうしてオンラインでお目にかかれたのも素晴らしい機会でした。最近はBRICSに関する研究も進められているとのことですので、次回はぜひその点についてもじっくりお話を伺えればと思います」



(マイケル・ハドソン)「素晴らしいですね。楽しみにしています。今回の議論の展開も実に有意義でした」



(聞き手)「マイケル、本日は誠にありがとうございました」
(マイケル・ハドソン)「ロビンソン、こちらこそありがとう」
[音楽]
    

2026年10月10日土曜日

マイケル・ハドソン マルクス主義・経済的寄生者・債務免除

 https://youtu.be/d2hWvaqjMmk?si=yxMdXcA3s75ZVJFt

のGemini翻訳 第5章第6章は秀逸です。

 

章ごとの要約一覧

 第1章:イントロダクション(番組の紹介と概要)
   ポッドキャストの概要および、ハドソン教授の著書『Killing the Host(寄生主を殺す)』を中心とした債務の周期性、歴史的「徳政令(債務免除)」、経済的寄生者の病理に関する議論の目的が紹介されます。


 第2章:「オータムナル・ドレイン」と景気循環の起源
   経済の周期性や金融危機の起源が、古代メソポタミアから近代に至る農業社会の「秋の収穫・決済(オータムナル・ドレイン)」とツケ(信用)の累積、不作による連鎖デフォルトにあることが説明されます。


 第3章:経済思想における歴史の役割
   ハドソン教授がウォール街(チェース・マンハッタン銀行)で第三世界の返済不能な債務分析に携わった経験から、主流派経済学の限界を悟り、古代アテネやバビロニアの債務免除史の研究へ進んだ経緯が語られます。


 第4章:債務免除(徳政令)の歴史と古代近東
   古代シュメール・バビロニアにおいて、社会の二極化や兵士・農民の失地を防ぐため新王即位時に「白紙化(クリーン・スレート)」と呼ばれる周期的な債務免除が不可欠であった歴史が示されます。


 第5章:アリストテレス、プラトン、そして債務免除
   プラトンの『国家』におけるソクラテスの対話を取り上げ、貨幣への執着(ウェルス・アディクション)という中毒性と、富裕層寡頭勢力から社会を守るための政治的・思想的枠組みが再解釈されます。


 第6章:古代ギリシャ・ローマにおける債務と制度の病理
   債務免除の伝統を持たない地中海へ利息制が流入したことで二極化が進行したこと、債務免除が経済の自動調整神話に対する現実的な均衡維持策および軍事戦術であったことが明らかにされます。


 第7章:現代の新自由主義経済学が抱える問題

 
   現代の大学教育が歴史や債務の本質を除外し、物々交換モデルや「新自由主義」「リバタリアニズム」といった実質的な金融寡頭制の広報に陥っている現状が批判されます。


 第8章:「主の祈り」、キリスト教、そして債務免除
   アウグスティヌス以降のカトリック教会がイエスの「債務免除」の教えを「性的罪の赦免」へとすり替え、12〜13世紀の十字軍や金融動員を通じて債務を崇拝する宗教へと変質した経緯が語られます。


 第9章:FIRE(金融・保険・不動産)部門と経済的寄生者
   FIRE部門が実体的な生産や富を生み出さず、既存資産の価格吊り上げやLBOによる企業解体で富を吸い上げる「寄生者」であり、さらに社会の「脳(認識・概念)」まで乗っ取っている様が解説されます。


 第10章:私たちは経済的寄生者の「宿主」なのか?
   寄生的な金融資本(IMF・世界銀行・米ハゲタカファンド等)が発展途上国や実体経済(宿主)を借金漬けにして解体・収奪し、最終的に崩壊へ至らしめるプロセスがアルゼンチン等の事例で示されます。


 第11章:経済破綻に対する緊縮措置の批判

 
   経済破綻時の「緊縮財政(オーステリティ)」が解決策ではなく、国内産業の育成阻止、労働運動の解体、対米従属の固定化を狙う手段にすぎないことが指摘されます。


 第12章:銀行・土地・インフラの「公共化」と古典派自由市場の真義
   アダム・スミスやミルら19世紀古典派経済学本来の「不労所得(地代・レント)からの自由市場」という理念に基づき、銀行・土地・住宅・保険を公共インフラとして管理すべきだという解決策が提示されます。

 

 第1章:イントロダクション(番組の紹介と概要)


「金銭への愛(執着)は、バナナを食べるようなこととはわけが違います。食べ物とは異なり、金銭には中毒性があるのです。そして富裕層……ソクラテスが言うには、彼らは自らの私利私欲を追求し、社会を破壊するほどの金銭欲に取り憑かれてしまうのです」

こんにちは、ロビンソン・エアハートです。「Robinson's Podcast」第198回のイントロダクションをお届けします。今回のゲストは、ミズーリ大学カンザスシティ校の経済学特別研究教授であり、長期経済動向研究所(ISLET)の所長を務めるマイケル・ハドソン氏です。マイケルは経済学史、歴史を形作る上での債務(借金)の役割、そして現代の国内・国際金融について研究しています。

マイケルは第180回でも素晴らしいゲストとして出演してくれましたが、これほど早く再登壇いただいたのはそのためです。前回は新自由主義、産業資本主義、そしてレント型経済(不労所得生活者層、すなわち地代や利子などのレントを吸い上げて生計を立てる人々や組織)について語り合いました。

今回のエピソードでは、マイケルの著書『Killing the Host(寄生主を殺す)』に焦点を当てて議論を深めます。具体的には、債務の周期性と経済崩壊、経済学研究における歴史の役割、非常に長大で魅力的な「債務免除(徳政令)」の歴史、マルクス主義、経済的寄生者、そして病んだ経済をいかに治療すべきかといったテーマに踏み込んでいきます。

マイケルのウェブサイトや著書『Killing the Host』へのリンクは概要欄に記載しています。レビュー、高評価、コメント、チャンネル登録をいただけると大変励みになります。広告なしのRSSフィードや充実した番組ノート(Show Notes)にアクセスできるPatreon(リンクは概要欄)もあります。もちろん、Tシャツをお求めの方向けの「Robinson's Fashion Empire」もご用意しています。

それでは前置きはこのくらいにして、私がマイケルと語り合って楽しんだのと同じくらい、皆さんがこの対話を楽しんでくださることを願っています。



第2章:「オータムナル・ドレイン」と景気循環の起源


ロビンソン:
著書『Killing the Host』を拝読したのですが、マイケルさんはテレンス・マッカーシーという経済学者に出会ったことがきっかけで経済学者になる道を選ばれたそうですね。彼から「なぜ金融危機は秋、収穫期の後に起きやすいのか」という話を聞かされたと。これは実に興味深い逸話ですが、具体的にどういう経緯だったのでしょうか。また、その対話の何がそこまであなたを惹きつけたのですか?

マイケル・ハドソン:
かつて、ほとんどの経済は農業経済でした。それが中心だったのです。そこには「オータムナル・ドレイン(秋の資金流出/Autumnal Drain)」と呼ばれる現象がありました。つまり作物の出荷・流通の時期になると、穀物の卸売業者が農家から買い取るための代金を支払う必要が生じ、銀行はそのための信用供与(融資)を行わなければなりませんでした。

その結果、銀行システムから現金・準備金が吸い出されることになります。もし銀行のレバレッジが高すぎたり、十分な裏付け資産や準備金を持っていなかったりすれば、銀行は債務超過(破綻)に陥ってしまいます。借金は累積していく傾向がありましたが、そこには一種のリズム(周期)が存在していました。

私は、そこに極めて規則的なリズム――クラッシュの時期だけでなく、ほぼ暦通りの周期が存在することに魅了されました。負債の負担が膨らむにつれて破綻の規模はどんどん巨大化し、最終的にシステム全体が崩壊して、倒産・破産によって多くの負債が清算されるのです。

当時私が知らず、その後の40年に及ぶ紀元前3千年紀のメソポタミアにおける信用と貨幣の起源の研究を通じて発見したのは、紀元前3千年紀から封建時代のヨーロッパ、そして近代に至るまで、経済において実際に「お金(現物決済手段)」が使われていたのは、基本的に作物が収穫される年の「一時期」だけだったという事実でした。

では、作物を植え付け、作物が育っているあいだ、農民たちはどうしていたのか。人々は「信用(ツケ・掛け売り)」で暮らしていたのです。作物を植えた後はツケで生活をやりくりし、ビールを買うこともありました。実際、バビロニアの記録には、耕作民がビールを買い、醸造・居酒屋を営む女性(エール・ウーマン)の店でツケを溜めていたことが残っています。

現代で給料生活者がバーに行って給料日までツケにしておくのと同じように、古代社会から20世紀に至るまで、人々の「給料日」とは作物が収穫される「秋」だったのです。メソポタミアでは、すべての借金は脱穀場(収穫場)で精算されなければなりませんでした。実際に決済のために貨幣(現物貨幣)が必要だったのは、その瞬間だけだったのです。

中世ヨーロッパでも同様でした。すでに13世紀には、秋に支払期日が到来する信用取引が行われていました。そしてヨーロッパや北米に部分準備銀行制度が導入された後も、農民は種付けのために多額の資金(往々にして信用・借入)を使い、植え付けを手伝う労働者を雇い、機械や以前の時代であればプラウ(犂)を引く牛を借りるなどしてツケを溜めるという慣行が続いていました。

これらの負債はすべて秋に期日を迎えます。そのため、経済に大きな衝撃(バンプ)が生じるのです。これがアメリカにおいて「景気循環(ビジネス・サイクル)」という概念を生み出す母体になったのだと私は考えています。もちろん、それは単に延々と永遠に続く単純な循環ではありませんでした。負債の総額が増大していく循環だったのです。

その時私は、債務危機は農業部門だけでなく、社会全体がある意味で農業部門のようになっていく以上、不可避なのだと気づきました。企業も借入れを行い、家主も建物を購入するために借入れをし、誰もが後で返済できると見込んでいます。しかし、何かが起きてしまう――とりわけ作物が不作になればどうなるでしょう。銀行が農機具の供給業者や種子会社、その他あらゆる業者に融資していたところへ、突然の凶作に見舞われたと想像してみてください。地下水位が低下して干ばつが起きれば収穫は失敗し、連鎖的な債務不履行(デフォルト)が発生します。

テレンスが語っていたのは、中西部における水位が上昇・下降する傾向があり、金融崩壊のタイミングには実際に環境的・自然要因が存在していたということでした。

私はそれにすっかり魅了されました。突如として経済学が、ある種の芸術のように、信じられないほど魅力的なものに見えたのです。テレンスから「最終的に債務は返済できなくなり、危機が訪れる。そしてそれこそが社会が直面する最大の問題になる」と説得された私は、それを確かめるためにウォール街の銀行部門で働き始めました。これが1960年〜1961年のことです。

 第3章:経済思想における歴史の役割


ロビンソン:
少しメタ的な脱線になりますが、あなたは明らかに単なる経済学者ではなく、経済思想史家でもあります。私のバックグラウンドである哲学の領域では、現代の論文を書く際にもアリストテレスやプラトン、中世の哲学者を常に振り返ります。彼らは私たちが今考えているのと同じ問いに取り組み、卓越した洞察を残しており、時には彼らの考えの方が正しかったりするからです。

しかし、私がそれほど詳しくない経済学の分野において、今回の例で言えば古代バビロニアやビールの売り子(エール・ウーマン)にまで遡るような経済学史が、なぜ現代の問題を理論化する上でそれほど重要になるのでしょうか。その理由を端的に示していただけますか?

マイケル・ハドソン:
私が1964年からチェース・マンハッタン銀行で第三世界諸国の国際収支統計を分析し始めたとき、銀行から求められた問いは「アルゼンチン、ブラジル、チリは我々からあといくら借りられる余力があるか? 彼らの債務返済能力と、負担可能な利払い・元本返済(デット・サービス)の規模を割り出してほしい」というものでした。

調べてみると、彼らはすでに債務返済能力の限界に達しているように見えました。繰り返しますが、これは1964年〜1965年のことです。彼らがすでに目一杯融資を受けていることは明白でした。

しかし、連邦準備制度(FRB)と米国政府はチェースや他の銀行に対してこう言ったのです。「心配するな。利払いのための資金は我々が彼らに貸し出す。彼らを破綻させるわけにはいかない。なぜなら、彼らに資金を貸し付けて米ドル中心の経済システムに繋ぎ止めておくことこそが、アメリカの国益だからだ」と。

商務省の経済分析局(BEA)は、3ヶ月ごとに『サーベイ・オブ・カレント・ビジネス』誌で国際収支統計を発表しており、その「表5」は合衆国政府の国際収支上の役割を示す表でした。そこには、外国が米国の銀行に利息を返済するための対外援助という名目で、一つの独立したカテゴリーが設けられていたのです。

そこで私が気づいたのは、アメリカの対外援助の大半は、外国為替の動きをまったく伴っていないということでした。一握りの資金すら米国外に出ていなかったのです。米政府がブラジルやアルゼンチン、チリに自国通貨へ換金させるために実際に送金し、彼らがそれを再び米ドルに換えて返済していたわけではありません。米財務省から、それらの国々に融資していたニューヨークの大手銀行へ直接支払われていただけだったのです。

私は、諸国が抱える債務を自力で返済できない現実を目の当たりにしました。その後チェースを離れ、アーサー・アンダーセンやハドソン研究所を経て、1970年代末には国連訓練調査研究所(UNITAR)のエコノミストとなり、第三世界の債務問題に関する大規模な論文を3本執筆しました。米国政府が米国の銀行へ利息を支払うための資金を幾何級数的に貸し付け続けない限り、南半球の国々が負っている債務を返済できない理由を論じたのです。

1979年から1980年頃、UNITARの会議がメキシコで開催されました。当時のメキシコ大統領が国連事務総長を目指しており、この会議を後援していたのです。私はそこで、債務危機が差し迫っていることを説明する論文を発表しました。メキシコの債務不履行(デフォルト)が中南米の債務爆弾を爆発させる3年前、1979年のことでした。

会場は騒然となりました。そして私は、ほとんどの人々にとって「債務が返済不能になる」という発想自体が思考の埒外にあるのだと痛感しました。彼らは借金が返済されない事態を想像すらできなかったのです。秋の資金流出や、破産を伴う景気循環、農民が周期的に返済不能に陥ることは想像できても、「システムそのものが必然的に崩壊せざるを得ない」ということは受け入れられませんでした。

そこで私は「債務免除(徳政令)」の歴史に強い関心を持ち、その歴史を書き始めました。古代アテネや古代ローマの主張、そしてアテネの危機を回避するために農民の負債を帳消しにしたソロンの改革(セイサクテイア)にまで遡りました。聖書を読んで「ヨベルの年」に行き当たり、さらにこれらすべてに先立つバビロニアの先例があり、近東地域こそがその源流であったという個別の報告に辿り着いたのです。

私は近東に関する文献を手当たり次第に読み漁り始めました。氷河期の社会や文字の専門家であった友人のアレックス・マーシャックに自らの発見を相談したところ、彼はハーバード大学のピーボディ博物館(同大学の人類学部を管轄)の館長だったカール・ランバーグ=カルロフスキーを紹介してくれました。大学は私をバビロニア考古学の研究員として採用してくれたのです。

それから約8年間、私はバビロニアやシュメールに関するあらゆる史料の研究に没頭しました。その結果、古代近東においては債務免除が極めて日常的・周期的に行われていたことを示す膨大な記録を見出したのです。しかし、当時の現代の書籍や論文の索引をいくらめくっても、「債務」や「債務免除」という項目は見当たらず、単についでに言及されているに過ぎませんでした。


ですから、私は膨大な量の文献を読み込む必要がありました。

やがて私はハーバード大学側を説得し、「債務はどのように始まったのか」「利息というものが初めて課されるようになったとき、なぜ統治者たちは『利息は認めるが、周期的に崩壊が起きることは不可避だ』と見抜いていたのか」を解明することこそ真に重要な課題だと納得させることができました。

ハンムラビ法典を読めば、彼が干ばつや洪水が起こることを熟知していたと分かります。ハンムラビ法典の条文の一つには、嵐の神アダドの災厄に見舞われた際には債務が帳消しにされ、個人の農業債務を返済する必要はないと定められています。

そこで私たちは数名の教授陣を集め、古代近東の経済史を書き起こすプロジェクトを立ち上げることにしました。なぜなら、度量衡、貨幣として用いられた一定重量の金属片(鋳造硬貨の前身)、帳簿記録、利息の徴収、契約といった現代の経済慣行のほぼすべてが古代近東で成立していたにもかかわらず、ほとんどすべての通史は西洋文明の起源を古代近東ではなくギリシャやローマに求めていたからです。

私たちは一連の学術コロキウム(研究討議)を重ねて出版物を刊行することに決めました。最初のテーマは一般的な「民営化」とし、民間部門に対する宮殿や国家の役割とは何だったのかを議論しました。統治者たちはいかにして債務を帳消しにすることができ、なぜそれに反発が起きなかったのか。当時は誰もが債務免除の必要性を認めていたのです。ハンムラビ王朝の新たな王が即位するたび、またそれに先立つ紀元前3千年紀のシュメールの統治者たちも同様に、すべての新王は「白紙(クリーン・スレート)」から治世を始め、債務のない原状(ステータス・クオ・アンテ)を回復させました。


 第4章:債務免除(徳政令)の歴史と古代近東


彼らが行っていたことこそ、ユダヤ教の聖書(旧約聖書『レビ記』第25章)における文字通りの「ヨベルの年」の原型でした。彼らが免除したのは銀で計算される商業上の債務ではなく、農民が負っていた穀物による個人債務でした。負債によって奴隷身分(負債担保の隷属)に落とされた債務者を解放し、債権者に没収されていた土地を元の持ち主に返還したのです。そうすることで、自立した独立市民であり、兵士ともなる耕作民層を維持しようとしたのです。

当時、古代ユダヤにおいて「ヨベルの年」が実際に施行されたことなど一度もなかったというのが通説でした。どの社会であれ、現実に債務を帳消しにしたことなどあるはずがないと信じられていたのです。ハーバードでのコロキウムを始める前、私は債務免除の歴史に関する原稿を執筆し、カリフォルニア大学出版会に提出したことがありました。出版会はその査読を私の知人に依頼したのですが、彼が多忙だったため、ある極めて保守的なアッシリア学者に回されてしまいました。彼は文学批評家であり、経済記録の知識を持ち合わせていませんでした。その査読者はこう言ったのです。
「ラビ・ヒレルが言った通り、もし借金を帳消しにしてしまえば、債権者はどうやって再び金を貸すというのか」と。

しかし、その答えは明快でした。当時の債権の大部分は「宮殿」と「神殿」に対して負っていたものだったからです。自分自身に対する債権を帳消しにすることは容易です。中国政府がそれを熟知しているのと同じ理屈です。だからこそ中国は、アメリカが抱えるような種類の債務問題を抱えずに済んでいるのです。自らが債権者であるため、企業を倒産させず、金融資本家層を破産させず、銀行を破綻させることもなく債務を減免(帳消し)にできます。また、必要に応じていくらでも通貨を供給できるからです。これこそが、銀行制度、信用、そして利息の起源において存在していた状況そのものでした。

つまり、利息を伴う負債と、それらを定期的に帳消しにする必然性とは、文明の夜明けそのものに深く組み込まれていたのです。

この慣行は、文字記録に残る紀元前2500年頃――現存する最古の記録はシュメールの港湾都市ラガシュの統治者エンメテナによる債務免除です――から紀元前1200年頃まで続き、さらに紀元前1千年紀に入ってもアッシリアやバビロニアの王たちによって行われていました。

しかし、紀元前1200年頃に気候変動が起き、近東からヨーロッパにかけて「暗黒時代」が到来しました。ギリシャの宮殿経済では文字記録が失われ、人口の急減と過疎化が生じました。交易が再開するまでに約4〜5世紀を要したのです。

そして紀元前8世紀に至り、フェニキア商人や近東の商人たちがエーゲ海や地中海へ進出して交易を再開しました。その際、彼らは「利息を伴う負債」という慣行をヨーロッパへと持ち込みました。当時のヨーロッパには、負債に対して利息を課すという土壌はまったく存在していませんでした。利息を徴収するという発想は、決して普遍的なものではなく、世界のある一つの地域――南メソポタミアのシュメールやバビロニア――で生まれたものだったのです。

この利息徴収の慣行が、近東の商人たちと交易を行っていた現地の首長たちに伝えられました。現地の首長たちには「首長制」の観念はあっても、考古学者が言うところの近東の「神聖王権」の観念はありませんでした。正義の神々に従うことを誓い、新たな統治者の即位時に債務を帳消しにするような中央集権的な権威が存在しなかったのです。

その結果、利息を伴う負債は瞬く間に民衆を隷属状態へ叩き落とし、土地を奪い去っていきました。そしてギリシャ全土で革命が勃発したのです。最初の革命が起きたのはアテネのすぐ北……カルタゴではなく、コリントス地峡などの都市でした。そこでは、いわゆる「僭主(民衆派指導者)」たちが貴族政を打倒し、債務を帳消しにして土地を再分配しました。同様の事態はスパルタでも起こり、スパルタでは債務を帳消しにしただけでなく、貨幣そのものや利息の禁止にまで踏み切りました。そして最後の国は……

ギリシャで最も反動的(保守的)だった国がアテネでした。そして最終的に、右派寡頭制(オリガルキー)を打倒する革命の機運が高まり、危機の中でソロンがアルコン(最高政務官)に任命される事態へと至ります。

ソロンは債務帳消しの必要性を理解していました。そして誰もが、コリントスからスパルタに至る他のギリシャ諸都市で起きたことと同様の措置、すなわち土地の再分配まで行われることを期待していました。しかし、ソロンは土地の再分配を行いませんでした。その結果、彼は人望を失い、事実上の亡命生活を送ることになります。貴族層は担保土地の抵当負債(ヘクテモロイに関わる負債)を帳消しにされたことに激怒していました。これらの負債の正確な実態については諸説ありますが、とにかくソロンはアテネ市民を負債による隷属(債務奴隷)からは解放したものの、土地そのものを市民たちに返還・再分配することはしなかったのです。

そのため、実質的な民主制への道を開く役割はペイシストラトスとその息子たちに委ねられることになりました。私が学んだシカゴ大学の付属高校(ラボラトリー・スクール)やシカゴ大学は極めて右派的な気風の学校で、そこではペイシストラトスらは「独裁者(僭主)」として描かれていました。なぜ独裁者とされたかといえば、彼らが身辺警護の親衛隊(ボディガード)を連れていたからです。しかし、なぜ親衛隊が必要だったのかといえば、寡頭権力層が彼らを常に暗殺しようとしていたからにほかなりません。改革者につきまとう問題とは常にそれであり、現代世界と同じく、人々は改革者を殺そうとするのです。

ペイシストラトス父子は数々の改革を推し進めましたが、紀元前6世紀末のアテネで起きたことは、まさにコリントスで起きたことの再現でした。貴族の傍系の出身者であったクレイステネスが、基本的には債務を帳消しにし、アテネの政治制度全体を再設計したのです。ルイス・ヘンリー・モルガンはその名著『古代社会』の中で、ギリシャ民主制の起源をソロンでもペイシストラトスでもなく、クレイステネスによる徹底的な大改革に位置づけています。こうしてようやく抜本的な改革が成し遂げられ、その結果としてアテネの目覚ましい飛躍(テイクオフ)がもたらされたのです。

言うまでもなく、私が読んできたギリシャ史の著作の大半は、こうした経済的側面を軽視・過小評価していました。



第5章:アリストテレス、プラトン、そして債務免除


シカゴ大学で学んでいた頃、大きな焦点の一つとなっていたのが、先ほど言及されたアリストテレスとプラトンでした。大学側は主にアリストテレス主義寄りでしたが、私は昔からプラトンを好んでいました。大学の学際的教養課程(シンセシス・コース)で「知識の組織・方法・諸原理」を学ぶ際、私たちはプラトンの『国家(ポリテイア)』を読まされたのですが、そこで教え込まれたのは、プラトンやソクラテスが論じた内容を都合よく去勢した、極右的な解釈でした。

そこで教えられた論理は、「必要とされるのは高貴な独裁者、すべてを巧みに統御できる知性ある人物だ」というものでした。要するに、当時のロバート・ハッチンス学長のような人物がアメリカに独裁者を望んでいたような構図です。教員陣は極めて右派的であり、彼らにとっては「知性ある哲人統治者(守護者)」「社会的な王」を置くことこそがすべてでした。

彼らは『国家』全体の枠組みを都合よく削ぎ落としていたのです。この点は我々の議論にも密接に関わりますが、その冒頭部分について触れてもよろしいでしょうか?

ロビンソン:
ええ、ぜひお願いします。

マイケル・ハドソン:
物語は、ソクラテスがあるアテネ市民(ケファロスら)と対話するところから始まります。相手は「借りた負債は返済しなければならない」と論じていました。そこでソクラテスは問いかけます。
「借りたものは本当に何であれ返さなければならないのだろうか。例えば、誰かから武器を借りたとしよう。軍で戦うためなど何らかの理由で借りたとして、それを持ち主に返さなければならないとする。だが、その持ち主が狂気にとらわれた殺人者であり、極めて危険な人物だと分かっている場合、他者に危害を加えると分かっている人物に武器を返却することが、果たして正義(正しいこと)と言えるだろうか?」

アテネ市民は答えに窮します。そこでソクラテスは話を負債へと展開させます。
「では、君が負っている負債について考えてみよう。もし君が債権者に金を返済し、債権者がその金を使って他の人々に貸し付けたらどうなるか。貧しい耕作民に金を貸し、その耕作民が借金を返すために自分の土地ではなく債権者の土地で労働を強いられる(隷属する)ことになったらどうだろう。さらに、債権者たちが結託して社会を牛耳り、政府を支配して社会を搾取し、危機を引き起こすとしたら、果たしてそのような者たちに借金を返済することが正しいと言えるだろうか?」

これこそが『国家』の発端となる枠組みです。相手のアテネ市民は尋ねます。
「なぜ債権者たちはそれほどまでに自滅的な振る舞いをするのでしょうか。そうした危機を防ぐような、真に賢明な統治者を置くことはできないのでしょうか?」

ソクラテスは答えます。
「富裕層の精神構造には、『富への耽溺(ウェルス・アディクション)』、すなわち『金銭愛(フィロフルマティアー)』と呼ばれる病理が組み込まれているのだ」

アテネの悲劇や喜劇――例えばアリストパネスの劇作――でも、富への耽溺やヒュブリス(傲慢)が破滅をもたらす様が描かれています。ソクラテスが語るのもまさにこのヒュブリスに酷似した状態であり、彼らは際限なく富を求めずにはいられないのです。

ソクラテスが説明した論理は、現代の新古典派経済学の貿易理論・効用理論の根本が完全に間違っていることを突いています。新古典派理論では、「バナナを多く手に入れるほど限界効用は逓減し、満腹になって喜びが薄れるため、どこかで消費をやめる」とされます。しかし、アリストパネスもソクラテスも、そして紀元前4世紀のアテネの演劇と哲学の全体が喝破していたのは、「金銭への愛は、バナナを食べるようなものとは違う」ということでした。

食物とは異なり、貨幣には依存症(中毒性)があります。富裕層はあまりに中毒化してしまうため、自らの私利私欲と貪欲な金銭愛を押し通して社会を崩壊させてしまうのだとソクラテスは論じます。

アテネ市民が「では、この罠から抜け出す手立てはないのか」と問うと、ソクラテスはこう答えます。
「まず第一に、極めて特殊な資質を備えた統治者を選ばなければならない。決して富裕層の家系から統治者を選んではならない。富裕な家柄に生まれ育てば、富への依存、金銭への執着を抱えて育つことになるからだ。理想的な統治者とは、自らの私有財産を持たない者でなければならない」

彼は、いかにして債務という病、債権者の病理から自由な人物を得るかを論じていたのです。これこそが『国家』の真の主題でした。しかし、シカゴ大学ではそうした話など一言も教えられませんでした。大学側は徹底して債権者の擁護者だったからです。そもそもシカゴ大学はジョン・D・ロックフェラーがバプテスト系の大学として基金を拠出して設立した機関(ロックフェラー大学とも称されるべき背景を持つ場)でしたから、それも当然でしょう。

私がその事実に気づいたのは、古代経済史の著作である『古代の崩壊(The Collapse of Antiquity)』の執筆に取り組み、これらすべての戯曲や哲学文献を読み直したときのことでした。アテネ人やスパルタ人、そしてギリシャ人の大半が気づいていたのは、「債務を帳消しにする何らかの仕組みを持たなければならないが、そのためには寡頭権力(オリガルキー)の形成を許さない政治システムが必要だ」ということだったのです。



第6章:古代ギリシャ・ローマにおける債務と制度の病理


プラトンの弟子であったアリストテレスは、弟子たちと共にギリシャ全土で入手可能なあらゆるポリスの国制を調査しました。そこで彼が見出したのは、「すべての国制は民主制を自称しているが、実態はことごとく寡頭制である」という冷徹な事実でした。一見すると民主制に見え、誰もが投票権を持っているように見えても、政治制度の仕組みや政策決定の実権が最富裕層の手に握られているため、実質的には寡頭制にほかなりませんでした。

これは古代世界の全体が抱えていた病理でした。そしてこの病理は、紀元前3世紀末にスパルタに戦争を仕掛けて焼き払い完全に壊滅させ、さらに民衆の忠誠を保つために債務免除を行おうとしていたマケドニアなどの諸地域へと侵略を進めていった古代ローマにおいて、より露骨な形で現れます。

ローマにおける投票制度は、現代のアメリカの状況と酷似していました。富裕層の1票は、下層階級の1票に対して10倍から100倍もの重みを持っていました。階級・資産額によって組織されていたのです。現代アメリカにおいて、政治候補者にどれだけの資金を注ぎ込むかを決めるのが大口献金者階級(ドナー・クラス)であり、テレビ広告枠を買い占め、買収資金をばらまき、意のままになる裁判官を送り込めるだけの巨額の資金を用立てられる者が勝つのと全く同じです。私たちはまさに同じ種類の寡頭制の中に生きています。

したがってギリシャ、ローマ、そして現代に至る社会は、古代近東の統治者たち――ハンムラビやシュメール、アッシリアの王たち――が解決していた問題を何一つ解決できていません。

経済的民主主義、すなわち債権者階級への借金返済のために隷属労働を強いられる境遇からの真の「自由(リバティ)」を実現するためには、債権者寡頭層に対する債務を定期的に帳消しにすることを誓約する中央権力者を置く以外に道はないということが判明したのです。

今日において、そうした発想は常軌を逸した暴論とみなされ、「社会主義」と呼ばれます。しかし、まさにそれこそが社会主義の本質でした。1世紀前、カール・カウツキーのような論客たちが「原初のユダヤ教は社会主義的だったのか」といった論考を著していたのもそのためです。古代ユダヤやイスラエルにおいては、すべての土地を独占しようとする富裕層・高利貸し債権者と、債務者たちとの間で7世紀以上にわたる闘争が繰り広げられていました。

バビロニアの経済文献や、新王が即位して経済的自由を宣言する布告文の解読が進んだ結果、バビロニア語で「アンドゥラールム(andurārum)」と呼ばれていた言葉が、ヘブライ語の「デロール(dərōr)」と同根語であることが明らかになっています。これらは一語一語そのまま「ヨベルの年」を意味していました。

そして明らかになったのは、「ヨベルの年(債務免除)」とは経済の均衡を破壊するようなユートピア的妄想などではなく、むしろ「債務を帳消しにすることこそが経済の均衡を保ち、債務を帳消しにしないことこそが致命的な不均衡をもたらす」という冷厳な事実でした。

この認識は、バビロニアや古代近東の文献に繰り返し現れるだけでなく、古代ギリシャにおいても、アイネイアス・タクティカス(戦術家アイネイアス――当時のギリシャでは筆名を用いたり、生涯のどこかで新たな名前を名乗ったりしたのでしょう)が著した軍事手引書にすら明確に記されているのです。


彼(タクティカス)は都市の防衛と攻略に関する書物を著しました。その中で彼は、「将軍が都市を攻撃する際、どのような戦術をとるべきか」と問いかけています。彼が挙げた第一の手立ては、「市民たちに対し、債務を帳消しにすると約束すること」でした。そうすれば、市民たちは攻撃側に寝返るからです。そして次に、「攻撃を仕掛けてくる将軍から都市を防衛するにはどうすればよいか」と問います。その答えもまた、「市民たちに債務免除を約束すること」でした。一部の奴隷を解放するかどうかは別としても、負債によって隷属させられた人々(債務奴隷)は確実に解放しなければならない、と。これこそが為すべき戦術だったのです。

これらすべては、古代人の精神構造そのものに深く織り込まれていました。そして、全5巻のシンポジウム論文集を刊行した我々のハーバード研究グループが明らかにしたのは、「経済秩序の回復」という発想が、「経済には自動的な自己調整機能など存在しない」という明確な認識に基づいていたという点でした。

「市場の自動調整機能」などというものは、経済を不安定化させたい寡頭権力層(オリガルヒ)が流布した現代の神話にすぎません。もし彼らが、「現在起きている現象はすべて、富を彼らに集中させ、残りの90%を貧困化させることによって経済が安定へ向かう自然なプロセスなのだ」と大衆を信じ込ませることができれば、民衆は何も手を打てなくなるからです。

ですから、我々のアッシリア学グループやエジプト学グループの発見は、世間ではほとんど顧みられていません。ロゼッタ・ストーンのおかげでエジプトのヒエログリフが解読されたことは誰もが知っていますが、そのロゼッタ・ストーンの内容自体が「債務免除の布告」であったこと――ファラオに対する納税債務の免除であったことを知る人はほとんどいません。古代における負債の大半は宮殿に対するものであったため、先述の通り、宮殿は自分自身に対する債権を帳消しにしていたのです。

やがて2世紀から3世紀のローマ皇帝たちも最終的に債務免除を行いましたが、その頃には一般庶民はすでに破産し尽くしていたため、帳消しにされたのは皮肉にも主に富裕層が負っていた納税債務でした。

しかし、こうした事実はすべて歴史の勘定から都合よく除外されています。『Plato to NATO(プラトンから北大西洋条約機構へ)』という著作がありますが、そこでは古代史の改ざん、ギリシャ・ローマ哲学の偽りの歴史が、いかにして「それらの哲学が本来何をめぐる思索であったのか、いかなる社会問題に取り組んでいたのか」という文脈を消し去るために仕組まれたものであったかが示されています。

もし経済の自然な傾向が「二極化と不安定化」にあると認識するならば、外部から介入してそれを覆す「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」、すなわち強力な統治者が必要となります。「すべての負債は返済されねばならないという教条を墨守するがために、経済を犠牲にし、社会を二極化させ、暗黒時代を招くような真似はさせない。最富裕層の1%が残りの99%を貧困に陥れてさらに富むことよりも、社会全体が存続することの方がはるかに重要である」と宣言できる統治者です。

それこそが、古代思想の最初の3000年間にわたって培われてきた知恵でした。しかし、西洋文明の語り口にはその一言すら出てきません。西洋文明は、これらすべての経済的・金融的・社会的な文脈を都合よく漂白した上で、あたかもギリシャやローマの寡頭勢力が文明を破壊し尽くそうとした張本人ではなく、文明の創始者であったかのように描く神話を捏造したのです。

この構造を理解すれば、なぜ現代において中国が優位に立ちつつあるのかも理解できます。中国は、貨幣の発行、債務の創出、銀行業、そして信用供与を「公共インフラ(公益事業)」として中央集権的に管理しているからです。それはかつてシュメール、バビロニア、アッシリアといった古代社会の至るところで行われていたことと全く同じです。これは、社会をどのように構造化するかという根本的なパラダイムの違いなのです。


 第7章:現代の新自由主義経済学が抱える問題


あなたにとっては、これは哲学的な問いに見えるかもしれません。しかし私にとっては、これは純然たる経済学の問題でした。ただ、現代の経済学のカリキュラムにはそれを取り上げる余地が一切ありません。大学ではもはや「経済史」も教えなければ、「債務(借金)」の本質も教えないからです。

現代の経済モデルはすべて、物々交換を前提として組み立てられています。「市場における単なる交換取引」として経済がどのように動くかばかりを論じ、何がその市場の枠組みを形作っているのかには目を向けません。市場自体なら紀元前3千年紀にも存在しました。いかなる経済にも市場は存在します。

しかし、現代の経済学者たちは「市場とは、政府の介入がなく、度量衡の監視もなく、独占の防止もなく、公共の利益への配慮も一切ない状態のことだ」と強弁します。これは極右の思想であり、率直に言えば「ネオ・ファシズム」です。今日、それは「新自由主義(ネオリベラリズム)」、あるいはさらに悪質な形態としては「リバタリアニズム」と呼ばれています。

リバタリアンたちの発想とは、要するに「中央計画経済は必要だが、その中央計画者(プランナー)は政府ではなくウォール街でなければならない」というものです。すべてを民間部門に委ね、銀行こそが社会の計画者となるべきであり、銀行に対する規制など一切あってはならず、民衆を徹底的に貧困化させるがままにさせよ、というわけです。

新自由主義者やリバタリアンは、政治的スペクトラムにおいて極右の寡頭制勢力に位置しています。そして嘆かわしいことに、社会主義者たちもこの本質を捉え損ねてきました。ヨーロッパの社会民主主義・社会党勢力は、あたかもそれが技術的・必然的な進歩であるかのように、ことごとく新自由主義を受け入れてしまったのです。

その結果、西洋文明には致命的な盲点が生まれることになりました。古代近東でいかにして真の文明が始まり拡散していったかという歴史に対する盲点だけでなく、西洋経済を二極化させ、かつてローマ帝国が暗黒時代へと崩壊していったのと全く同じ破滅の道へと、今日ふたたび突き動かしている根本的な力学に対する盲点です。

ロビンソン:
素晴らしいお答えですね。咀嚼すべき論点が満載ですが、二点ほど所感を述べさせてください。

まず手短に言えば、敵軍や敵国の市民の負債を帳消しにするという発想には驚嘆しました。歴史のどこかには登場するはずの策ですが、これまで考えたこともありませんでした。

それから『国家』のソクラテスの逸話は、現代の負債というよりは「徴税」の議論を想起させます。もっとも、先ほど「納税債務」の話をされたので、私が思っていた以上に的を射ていたのかもしれませんが。いずれにせよ、良心的兵役拒否のような文脈で、「税金の一部が現在中東で起きている特定の戦争に使われる可能性がある」ことを理由に、現代のアメリカに対して納税を拒否したくなるようなケースを連想させます。

しかし、マイケルさんのお話を要約すれば、経済学史を振り返る大きな意義の一つは、それが単なる過去の事例集にとどまらず、現代のアカデミアでは無視されている優れた着想や成功例の宝庫である点にあると言えます。現代の経済学部では債務の本質も経済史も教えなくなってしまったわけですが、古代近東の事例は、経済を健全に保つために「周期的な債務帳消しが有効に機能した」という豊富な証拠を提供してくれています。

マイケル・ハドソン:
その通りです。完璧な要約ですよ。

ロビンソン:
そこでもう一つ、より大きな疑問が浮かびます。お話の中で社会主義やリバタリアニズム、さらにはマルクス主義や資本主義といった言葉が出ましたが、ご自身は何か特定の「イズム(主義)」に帰属しているとお考えでしょうか。それとも、ご自身の独自の体系、固有の「イズム」をお持ちなのでしょうか?

マイケル・ハドソン:
後者と言わざるを得ないでしょうね。世間の多くの人々は、左派といえばマルクス主義者だと短絡的に考えがちです。

もちろん、マルクスは負債の問題を的確に見抜いていました。『資本論』第3巻を見れば、19世紀のいかなる経済学者、歴史家、あるいは他の誰よりも深く切り込んでいます。マルクスは複利の力学や、いかに負債が急速に倍増していくかに関するあらゆる文献や引用を徹底的に収集していました。どのような利率であれ、そこには元本が倍増する年数(いわゆる「72の法則」)が存在します。本日取り上げている私の著書でも丸々一章をこれに割いていますが、マルクスはこれらの債務が最終的に返済不能に陥ることを証明しました。

そして彼は、例えばマルティン・ルターの言葉を引用しています。皮肉なことに、私が『資本論』第3巻でその引用を読んだ直後、ルーテル教会が出版しているルターの経済論集を買いに走ったのですが、マルクスが引用していたルターの高利貸し批判の説教は収録されていませんでした。ルターが宗教と利息の役割について語った真のテクストを読める場所は、皮肉にもマルクスの『資本論』第3巻だけだったのです。ルーテル教会自身が「これは我々の知るマルティン・ルターではない」として、その部分を削ぎ落として(検閲して)しまっていたわけです。

これは驚くべき事態ですが、「主の祈り」の改竄と全く同じ構図です。

 第8章:「主の祈り」、キリスト教、そして債務免除


キリスト教がローマ帝国の国教とされた後、アウグスティヌスに始まる流れの中で起きたことでした。アウグスティヌスが行ったことの一つは、アレクサンドリアのキュリロスの反ユダヤ主義に追従し、ローマ軍を呼び寄せて自らに従わない「真のキリスト教徒たち」――ローマの指導部に屈しなかったドナトゥス派の信徒たちを虐殺させたことでした。

そしてアウグスティヌスは、イエスが説いた教えは「債務免除」のことではないと強弁しました。イエスが最初に行った説教は、イザヤ書の巻物を紐解きながら「自分はヨベルの年を回復するために来た」と告げるものだったにもかかわらずです。アウグスティヌスは「いや違う、イエスの教えは債務免除ではなく『罪』、とりわけ『性的な罪』についてなのだ」と言い換えました。カトリック教会全体を「性的な罪」や性的なエゴイズム、アダムに由来する「原罪」をめぐる教義へと塗り替えてしまったのです。

そして教会は「これは都合が良い。免罪符(贖宥状)の代金を教会に支払えば罪は消え去り、天国へ行ける」としました。実に見事な仕組みです。

こうして「主の祈り」の文言も骨抜きにされ、原典の「我らに負債ある者を免したる如く、我らの負債をも免したまえ」が、「我らに過ちを犯す者を許すが如く、我らの過ちをも許したまえ(罪や侵犯の赦免)」へと改変されました。ドイツ語の「Schuld(シュルト)」という言葉が「過ち・罪」と同時に「負債」を意味し、古代の賠償金(贖罪金/ウェルギルド)の支払いを意味するように、あらゆる印欧語族の言語において「罪」と「債務・支払い」を指す言葉は同根でした。

古代ヨーロッパ社会において人々が負う主要な負債とは、生活費や借地料の借金ではなく、誰かに危害を加えた際に部族間の血の復讐(抗争)を防ぐために被害者側に支払う「贖罪金(ウェルギルド)」だったからです。支払えなければ一族が連帯して支払いました。

しかしカトリック教会は、「主の祈り」から「負債」の意味合いを事実上消し去りました。そして12世紀から13世紀にかけて、ローマ教会は他のキリスト教徒に対する十字軍を展開します。十字軍はイスラム教徒に対するものだったと思われがちですが、実態は自らに服従しない他のキリスト教勢力を屈服させるための侵略でした。

南フランスのカタリ派と戦い、ローマへの貢納を拒むドイツ勢力と戦い、キリスト教の筆頭格であったコンスタンティノープルの東方正教会に対抗するため、歴代教皇たちはヨーロッパに侵入してきたノルマン人の軍閥(ウォーロード)を雇い入れました。教皇庁は1050年頃から南イタリアやシチリアで軍閥と取引を結び始め、「ロベルト・ギスカルドを王として承認する代わりに、ローマの封建家臣(属国)となり、コンスタンティノープルに忠誠を誓う東方典礼の真のキリスト教徒たちを根絶やしにせよ」と命じたのです。

次いで1066年には、別の軍閥である征服王ウィリアムとも取引を行いました。「イングランド王位を認める代わりに、聖ピエトロの Pence(教皇への貢納金)を納め、司教の任命権をローマに委ねよ。教会の財産を王が着服せず教皇へ納めさせるためだ」と。

13世紀の全貌とは、教皇庁が後援する銀行家たちからノルマン諸王が巨額の借金を重ねて教皇の敵と戦うのを、現地の貴族層がいかに阻止するかという闘争でした。ジョン王のもとでマグナ・カルタ(大憲章)が成立し、息子のヘンリー3世のもとで再確認されたのも、王が無制限に借金を重ねる権能を制限するためでした。教皇(インノケンティウス3世ら)は、王に戦費を貸し付けたイタリア系銀行家への利払いに反対する者を片っ端から破門しました。

こうしてキリスト教は、債務の帳消しではなく、「債務を崇拝する宗教」へと堕落していったのです。これは十字軍の一般的な歴史書には書かれていませんが、最初の標的はシチリア、南イタリア、そしてイングランドでした。そしてその軍事・金融動員力を基盤として、教皇庁は大軍を率いてコンスタンティノープルを略奪し、東方諸教会を乗っ取っていったのです。当時五大総主教座(コンスタンティノープル、アレクサンドリア、アンティオキア、エルサレム、ローマ)の中で、ローマは最下位に位置する最も教養の低い壊滅的な地域でした。10世紀のカトリック教会自身が「ポルノクラシー(娼婦政治)」と認めている通り、現地の有力家系が勝手に身内を教皇に据えていたような惨状だったのです。

私は現在、十字軍から現代に至る債務の歴史を執筆中ですが、西洋文明における「債務」の再登場が、いかに教会主導で推し進められたかには驚かされました。その頂点が1515年、メディチ家出身の教皇レオ10世による公会議であり、利息の徴収が公式に正当化されたのです。

債務関係という観点から経済や社会の進化を見直すと、因果関係や、何が政治・社会制度・宗教・価値観を形作ってきたのかについて、全く異なる地平が開けてきます。公会議をめぐる大論争も、経済闘争も、14世紀や15世紀以降の農民反乱も、すべては「債務」をめぐる闘争でした。

それにもかかわらず、フロイトが登場する以前に「性」がタブー視されて語られなかったのと全く同じように、今日において「債務」は思考の枠組みから完全に削ぎ落とされています。フロイトが性に対して果たした役割を、私は債務に対して果たしたいと考えています。これは決定的に重要な問題なのです。

ロビンソン:
素晴らしい着眼点ですね。複利の話、そして本日の主題であるご著書『Killing the Host(寄生主を殺す)』についてですが、リスナーの皆さんにとっても、この書名が「ある対象」と「寄生者(パラサイト)」との比喩であることは明らかだと思います。そこで……


第9章:FIRE(金融・保険・不動産)部門と経済的寄生者



ロビンソン:
FIREという頭文字を聞いたことがあっても、よく知らないリスナーもいるかと思います。現代における「FIRE部門」とは具体的に何を指し、なぜそれを「寄生者(パラサイト)」に明確になぞらえているのでしょうか?

マイケル・ハドソン:
FIRE部門とは、金融(Finance)、保険(Insurance)、不動産(Real Estate)の頭文字をとったものです。

私が1960年代に大学院で博士号を取得するために学んでいた頃、教科書には銀行が工場に融資を行い、労働者が弁当箱を手にその工場へ出勤し、稼いだ金で家を買うといった、喜ばしい経済循環のイラストが描かれていました。

しかし、銀行はそのような目的のために金を貸しているわけではありません。銀行は工場や新たな生産手段のために融資したことなど一度もないのです。銀行は「担保」に対して融資を行います。あなたが家を買うために融資しますが、その家自体を担保に取ります。あるいは既存の産業企業を買収するための資金は貸し付けますが、産業企業が自らの事業を構築・拡大するための設備投資資金を貸すことはしません。事業拡大は通常、株式市場や新規株式公開(IPO)、そして主には内部留保(利益の再投資)によって賄われます。企業は自力で自己金融を行っているのです。

ちょうど映画製作者の多くが、映画を撮るための資金を得るために、親から相続した自宅を担保に借金をして製作を始め、プロデューサーに見せる映画を完成させてキャリアをスタートさせるようなものです。

銀行融資の実に80%は不動産を担保としています。紀元前3千年紀から今日に至るまで、最大の融資市場とは不動産・土地に対する融資でした。

今日においてそれは、銀行の利益、すなわち金融・保険・不動産部門が共生関係にあることを意味します。住宅に保険をかける保険会社も同様です。銀行は住宅ローンを組む際、住宅保険への加入を義務付けますが、その保険会社はたいてい銀行と提携関係にあります。これらはすべて一つの「金融階層」を形成しているのです。

そして、この銀行融資は彼ら自身の取り分を増やすだけで、社会の実質的な所得を増やすことはありません。生産を増やすこともありません。なぜなら、住宅ローンのほぼすべては、すでに存在する不動産――既存の住宅、オフィスビル、既存の企業――に対する融資だからです。

彼らは、あなたが企業に乗り込んで解体・破壊するための買収資金なら喜んで貸し付けます。プライベート・エクイティ(未公開株投資会社)が借金をしてシアーズ・ローバックを買収し、破産に追い込むための資金を貸し出します。トイザらスを買収して破産に追い込むための資金を貸し出します。しかし、それは事業を成長させるためではなく、単に企業を粉砕し、切り売りし、労働者を解雇するためです。あるいは企業を買収した後に人員を整理し、拠点をオフショア(海外)へ移転して中国やアジアの安価な労働力に置き換えるための資金です。

したがって、銀行部門は本質的に「寄生型(パラシティック)」なのです。自ら新たな富・所得を生み出しているわけではないという意味においてです。銀行融資が膨張すればするほど生じる結果とは、住宅の購入価格を吊り上げることだけです。銀行は住宅に対して際限なく貸付額を増やしていきます。

その結果、人々が生活するための持ち家を手に入れるために背負わねばならない債務の額が膨らみ続けます。企業側も、買収者が借金して乗っ取りを仕掛けてこないよう、自ら借金を抱え込んでライバル企業を買収したり、経営陣へ配当を吐き出したりする「ポイズンピル(毒薬条項)」的な負債を抱え込む羽目になります。

彼らが成し遂げたのは、人々の現実認識そのものを改変してしまうことでした。現代の経済学者たちは、現実がどのように動いているかを理解しないよう教育されています。彼らが学んでいるのはサイエンス・フィクション(空想科学小説)です。並行世界の絵空事を語っているのですから、彼らは経済学部ではなく人文学部の文学科に所属させるべきでしょう。

そこで私が辿り着いた比喩が「寄生(パラサイティズム)」でした。

一般に寄生とは、銀行がまさにやっているように、宿主の所得から富を吸い上げる行為だと考えられています。アメリカやヨーロッパでは、労働者は賃金所得のますます多くを銀行への利息として支払わねばならず、企業は収益の多くを債務返済に充てねばならず、政府は公的債務の国債保有者への利払いに歳入の多くを奪われています。

では、なぜ人々はこの搾取構造に気づかないのでしょうか。なぜ銀行を「私たちの味方であり、家を買わせてくれる存在だ」と思い込んでしまうのでしょうか。銀行が家を買わせてくれる結果として、国民全体が所得のより大きな割合を住宅費に支払う羽目になっているにもかかわらずです。

私が1960年代にウォール街で働いていた頃、住宅ローンの返済負担は所得の25%程度が標準でした。しかし今や、米国の平均的な世帯は所得の約42%(政府保証付きローンを含む)を住居費に費やさざるを得なくなっています。多くの家庭が住居のために支払う負担割合は、かつての2倍近くに跳ね上がっているのです。これこそが寄生です。

さらに私が気づいたのは、真の寄生とは宿主から単に金を奪うだけでなく、「宿主の脳を乗っ取る」ことにあるという事実です。生物界の寄生虫が宿主の神経系を麻痺させて自らに都合よく操るように、金融部門は人々の認識を支配し、「金融こそが社会を助けており、国民所得や国内総生産(GDP)に貢献している」と信じ込ませるのです。

数年前、ゴールドマン・サックスの経営トップ(ロイド・ブランクフェイン)が「ゴールドマン・サックスのパートナーたちは全米で最も生産的な労働者だ」と公言しました。彼らが手にする莫大なボーナスの額を見よ、というわけです。彼らのボーナスはすべてGDPに計上されます。人々が支払う利息も「事業コスト」として経済活動を支えているとみなされ、GDPに加算されます。

労働者がクレジットカードの支払いに遅れ、カード会社がペナルティとして金利を19%から30%へ引き上げたとします。その増額された金利負担分もすべて「金融サービスの提供」として扱われ、GDPに計上されるのです。

こうして金融部門は、「経済成長とは何か」「GDPとは何か」「国民所得とは何か」という概念そのものを乗っ取ってしまいました。銀行家やゴールドマン・サックス、企業買収者、ブラックストーンやブラックロックといった金融勢力が、あたかも私たちの繁栄を牽引しているかのように錯覚させているのです。

その結果として生じるのが、ニューヨーク・タイムズの論説などでポール・クルーグマンのような主流派論客が示すような見解です。彼らは「なぜアメリカ国民はこれほど愚かで、現状がいかに素晴らしいかに気づかないのか。見よ、富裕層はかつてない豪華なヨットを買い、より巨大な豪邸を手に入れ、ますます豊かになっているではないか。なぜ有権者はバイデン政権や民主党のもとで暮らしが良くなっていると実感しないのか」と首を傾げるのです。


マイケル・ハドソン:
さて、クルーグマンのような人物が備えているものこそ、現代において真面目な専門家として扱われるための必須条件なのです。新古典派経済学のノーベル賞(経済学賞)を得るための条件、経済界の「導師(グールー)」として祭り上げられるための条件とは、「経済が実際にどう動いているかを理解していないこと」にほかなりません。

もしあなたが、経済がいかに金融中心に動いており、経済計画の実権がいかに金融部門に一元化されているかを真に理解してしまえば、それだけで資格剥奪です。「オーバースペック(資格過剰)だ」「余計な教育を受けすぎている」と言われ、「それは経済学ではない、単なる『外部性(外部効果)』にすぎない」と片付けられてしまいます。

彼らにとっては、債務も外部性、地球温暖化も外部性、犯罪やホームレス問題もすべて外部性です。およそ現実のあらゆる問題は、彼らが考える「経済学の本質」の外側にあると切り捨てられます。彼らにとっての経済学とは、「銀行から借金をして負債を増やせば、誰もがより豊かになれる。債権者はあなたを助けてくれるのだ」というお題目を唱えることだけだからです。

これは完全なSF(空想科学小説)です。そして「寄生者が宿主の脳を乗っ取る」というのは比喩にとどまりません。金融資本はビジネススクールや大学への資金提供・基金の寄付を牛耳り、採用される経済学教授たちが「経済は本質的に物々交換で動いている」「債務など気にする必要はない。どうせ『自分たち自身に対する借金(We owe it to ourselves)』なのだから」という神話を教え込むように仕組んでいるのです。

彼らが「自分たちに対する借金」と言うとき、その実態は「99%の大衆が、1%の富裕層に対して負っている借金」を意味しています。ジョージ・オーウェルの『1984年』を読めば、彼が「ダブルスピーク(二重語法)」や「ダブルシンク(二重思考)」で何を告発しようとしていたのかがよく理解できるはずです。経済学部の卒業生たちは実質的にそうした誤った教育を刷り込まれ、金融・銀行部門の広報担当者(PRマン)として社会に送り出されているのです。

ロビンソン:
寄生虫の比喩には幾重もの側面があって非常に興味深いです。アリの脳を乗っ取る冬虫夏草のように、FIRE部門が一般消費者の脳を乗っ取るという話をされましたが、宿主の脳の乗っ取りは「政府」という形態に対しても起きているとお考えですか?

マイケル・ハドソン:
その通りです。考えてもみてください。政府は財務省の高官や中央銀行の幹部に誰を任命するでしょうか?

大口献金者階級(ドナー・クラス)、すなわち金融階層は、上院や下院の銀行委員会のメンバーが誰であるかを常に注視しています。例えば民主党の場合、各委員会の委員長は民主党全国委員会(DNC)に対して一定額以上の政治資金を集めて上納しなければなりません。では、誰が最も多くの資金を集められるのか。献金者たちは「銀行委員会のトップに我々の息のかかった人物が就いた。彼の選挙運動に巨額の資金を注ぎ込もう」と考えます。そして、もしその委員長が自分たちの意に沿わない行動を取れば、相手候補に巨額の献金を回すだけです。民主党だろうと共和党だろうと関係ありません。掲げるレトリック(弁舌)こそ違えど、どちらも同じ献金者階級を代表しているからです。

製薬業界でも全く同じことが起きています。製薬会社が「誰を関係委員会の委員長に据えたいか」を決めます。軍産複合体も「外交委員会や軍事委員会のトップに誰を据えたいか」を決め、自らの意に従う人物を送り込みます。

したがって実質的に起きているのは、法律を制定し、その法律を執行(あるいは骨抜きに)する官僚を任命する「連邦議会の各委員会」そのものの民営化と金融化です。

これらすべては表からは見えないように覆い隠されています。彼らはこれを「民主主義」と呼びます。アメリカ国民は、献金者階級から最も多額の資金を集めることに成功した候補者のいずれかに投票できるからです。しかし、ゲームの勝敗は最初から仕組まれています。有権者に与えられるのは「トゥイードルダムとトゥイードルディー(五十歩百歩の瓜二つ)」の選択肢にすぎず、どちらを選ぼうと、議会で献金者階級を代表するよう選別された人物が当選するだけなのです。

ロビンソン:
なるほど。寄生者(パラサイト)の側については十分に伺いました。では次に「宿主(ホスト)」について伺いましょう。『Killing the Host(寄生主を殺す)』において、宿主とは実体経済そのものを指すわけですが……


第10章:私たちは経済的寄生者の「宿主」なのか?


ロビンソン:
何をもって「宿主を殺す」ことになるのでしょうか? 金融崩壊そのものが宿主を殺すことなのでしょうか、それともクラッシュは宿主が侵された病の単なる兆候にすぎないのでしょうか?

マイケル・ハドソン:
実際のところ、クラッシュ(金融崩壊)は通常、寄生関係に終止符を打ちます。なぜなら、クラッシュは寄生者自身をも道連れにして倒してしまうからです。

自然界における賢い寄生虫は、宿主をできる限り生かしておこうとします。いよいよ最後という段階に至るまで生かしておき、その瞬間に卵を産みつけ、孵化した幼虫が宿主の肉体を食い尽くすのです。

興味深いことに、経済学の専門用語でも実際に「ホスト・カントリー(受入国/宿主国)」という言葉が使われています。投資家にとっての「ホスト国」とは、外国の投資家がインフラや国内企業を買収し、その支配権を握ることを許す国のことです。

受け入れ国はアメリカやヨーロッパの企業を受け入れます。すると米系子会社は、米国の銀行や欧州の銀行団から資金を借り入れて投資を行います。そして彼らは実質的に、ホスト国の政府に税金を納めません。所得税のないオフショア(租税回避地)にある100%出資の子会社――リベリアやパナマのような、自前の通貨すら持たず(為替下落リスクがなく)米ドルを通貨として使用している、まともな国家とは言えないような地域――から借入れを行っている体裁を装うからです。

こうしてホスト国の政府は資金難に陥ります。そこへ国際通貨基金(IMF)や世界銀行がやってきて、その国に対してアメリカ製品と競合しないような輸出産業――例えば大農園(プランテーション)作物や熱帯農産物――の開発を奨励します。自国民のための食料自給をやめさせるわけです。

IMFと世界銀行は、為替レートを維持するためにますます借金を重ねざるを得ないような債務構造へと国々を誘導します。そしてアダム・スミスが言うところの「破滅へと急行する国」に対して、IMFは資金を融通し続けます。自国内に進出した米企業を潤す政策に従っている限り、あるいは米国を「不可欠な国家(唯一無二の覇権国)」たらしめるために米国の戦略家たちが望む世界的な分業体制に寄与している限り、資金を貸し付け続けるのです。米国が制裁を科したり、戦争を仕掛けたり、政権転覆や政治的暗殺に資金を出したりして他国の経済を破壊できる唯一の国であり続けるために――かつて1950年代のグアテマラ、1954年のイラン、そしてリビアに対して行われたのと同じように、世界がアメリカに依存し続けるように仕向けているのです。

その結果、諸国はますます債務の深みに嵌まり、債券保有者からさらに借金を重ねることを余儀なくされます。その典型が昨今のアルゼンチンです。

アルゼンチンは長年にわたり、おそらく中南米で最も反動的な寡頭権力層(オリガルヒ)によって支配されてきました。過去100年間を見れば、ピノチェト支配下のチリ以上に、世界で最も極右的な寡頭支配層と言ってよいでしょう。そして国家は「救いようのない破綻状態(バスケット・ケース)」に陥っています。

この寡頭支配層は、実体経済全体に極めて重い税や負担を課すため、自前の産業を育てることも、独立した農業を営むこともできません。そして債券保有者への返済能力を維持するために、借入金はすべて米ドル建てで行われます。報道で絶えず攻撃されている「ヤンキー債権者(米国のハゲタカファンド)」の実態は、実はオランダ領西インド諸島やパナマなどのオフショアに拠点を置くアルゼンチンの富裕層自身であり、彼らがアルゼンチンの外貨建てドル債を保有しているのです。「ああ、米ドル債は酷いものだ」と嘯きながら。

米国の一般債券投資家は、アルゼンチンの債務を買うのを恐れています。彼らは私が50年〜60年前にやったのと同じように統計を精査し、「アメリカが追加融資をしない限り、彼らに返済能力などあるはずがない。すべては人工的なバブルにすぎない」と当然ながら見抜いているからです。

こうして国々は、いよいよ破綻の瀬戸際に追い詰められるまで延命させられます。そしてその限界が訪れたとき、IMFはオリガルヒたちに耳打ちするのです。
「もうこれ以上、この国に融資することはできない。今のうちに資金を逃がしなさい。通貨を買い支えるための資金をアルゼンチンやチリに貸し付けるから、その間に自国通貨をできるだけ速やかに米ドルへ換えて国外へ退避させよ。その後に梯子を外し、通貨を暴落させる」と。

社会主義勢力が選挙で政権を奪還することを見越した上で、彼らはこう宣伝するのです。「見よ、経済が崩壊しているではないか。彼らは債務を返済できない」と。当然です、IMFがもはや資金を貸し出さないからです。彼らは極右・ネオファシスト政権にしか金を貸しません。ファシストに従わなければ金は出ない――これこそがジャネット・イエレンらの基本原則です。寡頭制を受け入れなければ資金は得られず、農地改革を試みようものならグアテマラで起きたことの二の舞になり、資金ではなく政権転覆が送り込まれます。

彼らは極限まで国民を絞り上げ、人々が絶望のあまりアルゼンチンのハビエル・ミレイのような狂気じみた人物に投票せざるを得ない状況へと追い込みます。ミレイは「もうどうにでもなれ、米ドルそのものを公式通貨として採用しよう。ドル化すれば富裕層は何の損失も被らない。どうせ99%の庶民には貯金などないのだから関係ない。為替リスクすら心配しなくて済むようドル化するのだ」と言い放ちます。国は完全に救いようのない破綻状態です。

先ほど触れた通り、これは100年前にまで遡る病理です。かつてハドソン研究所で私の上司だったハーマン・カーンは、よくこう語っていました。「1950年代や1960年代は実に見事な繁栄の時代だったが、当時は閉塞感(マレイズ)が漂い、人々はその恩恵に気づいていなかった。しかし、その繁栄を痛感していた国が一つだけあった。アルゼンチンだ。彼らだけはその繁栄の果実を一切享受できていなかったからだ」と。

事実、第一次世界大戦前の1910年代から1920年代初頭にかけて、誰もがアルゼンチンは世界で最も豊かな国になるだろうと信じていました。豊かな大地、肥沃な土壌、広大な牛の群れ――あらゆる自然の恵みを備えていたからです。しかし、アルゼンチンには「真に寄生的な支配階級」が存在していました。「ファシズム」という言葉が生まれる前からファシストであった連中です。彼らは常にアルゼンチンを窒息させ続けてきました。

現在の経済・社会構造のままでは、アルゼンチンの経済問題に解決策はありません。この寡頭支配層を一掃し、土地、石油、原材料、鉱物資源の利権を国民全体と実体経済のために活用できるようにするためには、毛沢東主義的な徹底した革命でも起こす以外にないでしょう。

しかし、そうした変革が起きることはありません。1970年代のピノチェト政権以降、アメリカは巨大な国家テロリズムのプログラムに資金を注ぎ込んできたからです。労働組合の指導者、進歩派の経済学者、農地改革を唱える人々を標的とした大規模なテロと虐殺が行われました。アルゼンチンにおいて進歩的な経済改革を試みることは、文字通りの死刑宣告に等しいのです。

したがって、あなたの問いに答えるならば――寄生者が「もうこれ以上吸い上げる富は残っていない」と悟ったとき、彼らは実体経済を見殺しにして死に至らしめ、バラバラに解体して奪えるものを奪い去り、資金をアルゼンチンからアフリカやアジアなどの新たな獲物へ移動させ、同じプロセスを繰り返すのです。例えばギリシャのような国で行われたことを見れば、それがよく分かります。


ロビンソン:
世間一般の通説では、病んだ経済を治療するのは「緊縮財政(オーステリティ)」措置だと考えられています。


第11章:経済破綻に対する緊縮措置の批判


いま伺ったお話の中に、緊縮措置はどのように位置づけられるのでしょうか。もし緊縮が解決策でないとすれば、真の解決策とは何なのでしょうか?

マイケル・ハドソン:
緊縮の役割とは、端的に言えば「経済成長を阻害すること」にあります。

緊縮の第一の狙いは、労働者が賃金の引き上げを勝ち取るのを阻止することです。IMFから融資を受ける国々が飲まされる必須条件の一つに、「労働組合運動の解体」があります。全米民主主義基金(NED)のような組織が乗り込んできて、彼らの言う「民主主義」を実行する――すなわち、労働運動の指導者を暗殺し、その組織を破壊するのです。

緊縮措置は国内市場の拡大を阻み、自前の国内産業が立ち上がるのを妨げます。経済全体を貧困化させる緊縮によって国内市場が育たないため、仮に国内の事業者が工業製品を生産しようとしても、労働者(賃金稼得者)たちには自分たちが生産した製品を買い取るだけの購買力がありません。

したがって緊縮とは、諸国の対米依存を固定化し、彼らの経済が成長してアメリカやその従属国(クライアント・ステート)と競合するのを封じ込めるための手段なのです。かつてのヨーロッパもそうした従属国でしたが、今やアメリカはアルゼンチンでやったのと同様に、ヨーロッパをも解体する方針に舵を切りました。

第12章:銀行・土地・インフラの「公共化」と古典派自由市場の真義


ロビンソン:
アメリカ本国とFIRE部門の話に戻りましょう。前回の対談でも触れましたが、大規模な債務減免(帳消し)を行おうとすれば途方もない反発が起きるはずであり、本格的な政治革命が必要になります。

しかし前回議論しなかったのは、「では、FIRE部門はどうあるべきなのか」という点です。仮に債務の減免が実現し、学生ローンや住宅ローンといった重荷が一掃されたとして、同じ事態が再発するのをどう防ぐべきなのでしょうか。今後のFIRE部門はどのような姿をしているべきなのですか?

マイケル・ハドソン:
それこそまさに、アダム・スミス、ジョン・スチュアート・ミル、リカード、マルクス、アルフレッド・マーシャルといった19世紀イギリスの古典派経済学・政治経済学の全体が取り組んでいた核心の問いそのものです。

そして、それこそが現代の大学で経済思想史が教えられなくなった理由でもあります。古典派の学者たちはすでにこの問題を徹底的に議論し、事実上の解決策を提示していたからです。

彼らは「この事態を防ぎ、産業資本主義を発展させるためには、封建制の残滓を一掃しなければならない」と主張しました。アダム・スミスや、彼に先立つフランスの重農主義者たち、そしてイギリスの土地社会主義者たちにとっての「寄生者」とは、地主層(ランドロード)のことでした。

ジョン・スチュアート・ミルが指摘したように、地主とはかつてカトリック教会の後援を得てイングランドを征服したノルマン軍閥の世襲の後継者たちであり、彼らは土地を受け継ぎ、地代(レント)を巻き上げていました。ミルは「地主は眠っているあいだにも地代を稼ぎ出す」と言ったのです。

古典派経済学の全員が支持し、事実『共産党宣言』の最初の条項にも掲げられた共通の政策が「地価税(土地課税)」でした。

共同体が繁栄するにつれ、学校、美術館、公園などを備えた良好な生活環境が整い、立地条件が向上するにつれて、土地の価格や価値は際限なく上昇していきます。人々が喜んで支払う地代も上がります。しかし、この地代を地主階級に支払わせてはなりません。彼らはそれをさらなる土地の買い占めに使うだけだからです。この増分こそが、公的な「自然の課税基盤」とされるべきでした。

今日ではアメリカのジャーナリストだったヘンリー・ジョージの名で知られていますが、本来これは「価値と価格の理論」に基づいた古典派経済学全体の基盤だったのです。彼らによる価値と価格の区別とは、「価格のうち価値を超過する部分が経済的レント(不労所得)を表す」というものでした。「価値」とは生産費用(コスト)ですが、自然の産物である土地には生産費用がありません。所有者が地代を課す特権を握っているにすぎないのです。地代は生産的な活動を伴わない不労所得(unearned income)であるため、これこそが自然な課税基盤とされました。

合衆国で所得税法が導入された1913年末、そして第一次世界大戦の初期に至るまで、全米人口のうち所得税の確定申告をしなければならなかったのは、わずか1%にすぎませんでした。課税基準が、富裕な地主か銀行家であるほどの富豪からしか適用されなかったためです。基本的に、金融・保険・不動産(FIRE)から得られる不労所得だけが課税対象だったのです。

古典派経済学の基本方針は明確でした。「地主階級を排除し、経済成長を助けもせず収奪するだけの略奪的な銀行階級を排除せよ」ということです。

したがって、

 銀行は「公共インフラ(公益事業)」でなければならない
 土地は「公共インフラ」でなければならない
 住宅は「基本的人権」でなければならない
 保険は基本的に公営でなければならない
 そして独占企業を民営化してはならない

通常、銀行家たちは国家の債務を返済させる名目で、政府に独占企業を設立させて売却させようとします。かつてイギリスが東インド会社や西インド会社、南海泡沫事件を生み出したのも、フランスでジョン・ローのミシシッピ会社事件が起きたのも、そしてイングランド銀行が戦費調達の債務120万ポンドを償還するための特権的な独占銀行として創設されたのも、すべて同じ手口でした。

ですから古典派の理念とは、「経済はレント(不労所得)ではなく価値に基づくべきであり、レント享受者階級(不労所得生活者層)――地主階級、独占資本家階級、金融階級を一掃せよ」というものでした。

19世紀最後の四半世紀において、誰もが何らかの形で自らを「社会主義者」と呼んでいたのはそのためです。キリスト教社会主義、マルクス主義社会主義、リバタリアン社会主義、空想的社会主義、科学的社会主義など、あらゆる潮流が存在しました。検索してみれば多種多様な類型が見つかりますが、それらすべてに共通していた分母は「経済的レントに課税せよ」という一点でした。立地価値の上昇に伴う経済的レントが税金として回収されれば、それが銀行への利払いに回る余地はなくなります。

現在のアメリカやヨーロッパには、もはや世襲の地主階級はいません。その代わりに存在するのが「世襲の金融階級」です。かつての地主たちは土地を売却し、銀行家や金融家へと鞍替えしました。今や誰でも土地を買うことができます。かつてのように先祖が現地の住民を虐殺して土地を奪った血統である必要はありません。誰でも自宅や土地を購入できますが、そのためには資金を借り入れなければなりません。

つまり、現代の銀行部門は、19世紀半ばに地主階級が占めていたのと全く同じ地位に収まっているのです。

「解決策は何か」というあなたの問いに対する答えは、まさにアダム・スミスが構想した真の「フリー・マーケット(自由市場)」の実現です。それは「経済的レントから自由な市場」「地主から自由な市場」「独占から自由な市場」「略奪的金融部門から自由な市場」にほかなりません。

しかし、古典派経済哲学の議論を綺麗に削ぎ落とした現代の経済学カリキュラムは、「自由市場」の定義を完全に書き換えてしまいました。「政府の規制から自由な市場」「反独占規制から自由な市場」「土地への課税から自由な市場」へと歪曲したのです。その結果、地代の価値は土地価格を吊り上げるために融資を行う銀行階級へとそっくり流れ込み、かつて19世紀に地主が果たしていたのと全く同じ寄生的な役割を、現代の銀行家たちが担っているのです。

アダム・スミスやジョン・スチュアート・ミルの『経済学原理』、そして彼らの社会哲学を丹念に読めば、マルクスが単に古典派経済学の正統な系譜の延長線上にあり、古典派の分析をより精緻化したにすぎないことがよく分かります。『資本論』の第2巻と第3巻の主題は、まさに「地代論」であり、金融理論としての「債務論」でした。

それゆえ、現代における「マルクス主義叩き」の真の狙いは、マルクス一人を標的にしているのではなく、アダム・スミスを、ジョン・スチュアート・ミルを、そして科学的な経済学そのものであった19世紀の古典派経済改革の全体を葬り去ることにこそあるのです。

ロビンソン:
なるほど……マイケルさん、前回の対談でもそうでしたが、これら諸問題に対するあなたの百科事典的な博識には、対話の相手としてただただ圧倒されるばかりです。今回も貴重なお時間を割いてお話しいただき、本当にありがとうございました。


 まとめ:歴史系語らしたら天下一品ですね。面白いですね。でも実際には人間はエゴにまみれた生き物でして、理想どおりにはゆかないと思いますが、それでも検討の価値はあると思います。