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2025年3月26日水曜日

作者と演出家

 その後の3本の戯曲の産みの親

チェーホフ「かもめ」の初演は、物凄い失敗だった。作者は絶望して、二度と戯曲は書かないと言い出した。しかし。初演から2年後再演の機会が来た。演出したのはスタニスラフスキーという演出家だった。

スタニスラフスキーの解釈を、実はチェーホフは気に入らなかった。正直スタニスラフスキーは、内容がよく理解できなかったのだと思う。でも演出家としての実力はあった。結果は大成功だった。だから、「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」が生まれた。演出方針を作者本人が気に入ろうと気に入るまいと、やはり成功は大事である。だいたい責任はこんなわかりにくい作品を書いた作者にある。どう演出されようと、文句を言える筋合いなどない。

と、わざわざ書くのは、私の「かもめ」解釈に無駄に引きずられる俳優、演出家が出ることを恐れているからである。私は一応解釈した。しかしそれを採用するかどうかは演者の勝手であり、演者は、他の俳優、演出、客層などを考慮して、とにかく舞台を成功させなければならない。舞台を成功させる責任は、作品を作者の意図通りに再現する責任よりも優先される。「かもめ」上演史がそれを証明している。

メソッド演技法

スタニスラフスキーの開発したスタニスラフスキー・システム、通称メソッド演技法は、演劇の実践方法として画期的なものだった。こちら参照いただきたい。

スタニスラフスキー・システム


スタニスラフスキーの弟子がアメリカに渡り、その弟子がリー・ストラスバーグである。

ゴッドファーザー PARTⅡ あらすじ解説【永遠の迷作】



彼が「アクターズ・スタジオ」を立ち上げ、弟子は

マーロン・ブランド、


アル・パチーノ、


ロバート・デ・ニーロ


などである。つまり、「ゴッドファーザー」シリーズは事実上、スタニスラフスキーの孫弟子、ひ孫弟子たちの作品なのである。演劇史という観点からすれば、チェーホフよりもスタニスラフスキーのほうが重い存在である。


日本におけるスタニスラフスキー・システム

日本でもスタニスラフスキー・システムを勉強する人は居た。1944年創設の俳優座では、システムを勉強したようだ。俳優座に所属していたのが東野英治郎である。今日水戸黄門の演者として知られている。

水戸黄門

彼の俳優座の後輩が、風車の弥七を演じた。中谷一郎である。つまり水戸黄門も、最深のベースにはスタニスラフスキー・システムがある。が、それはベースであって全体ではない。wiki中谷一郎の項目に驚くべき証言が書いてあった。転記する。

(水戸黄門が)なぜ続いているかについて「レギュラーとして出演する俳優は芝居をするな」と東野からアドバイスされたからだと明かしている。

中谷によると、最初は試行錯誤の連続だったこともあって東野らレギュラー俳優も芝居をしていたが、第3部辺りになると東野が「長く続けるには芝居ばっかりしていたら飽きられる」とレギュラー俳優にアドバイスしていた。その結果、定番の印籠シーンが生まれた。~(中略)~東野は『水戸黄門』をライフワークにすると決めていた。定番シーンをやるべきだとアドバイスしていたため、東野はかなり先を見ていたことになる。

ちなみに中谷は、東野が芝居をしない代わりに考え付いたものが、有名な「カッカッカッカッ……」という高笑いであると明かしている。


日本において、当時もっとも先進的であった演技メソッドを積極的に取り入れた人物が、局面によっては演技を捨て、他の俳優にも芝居をするなとアドバイスする。おそらく彼は、深刻で複雑な「水戸黄門」も容易に作れたはずである。しかしそれを捨てた。捨てて「芝居をしないドラマ」を作り上げた。

私も東洋人、日本人のはしくれだから、チェーホフよりも、スタニスラフスキーよりも、東野英治郎が一番凄いと思ってしまう。中島敦の「名人伝」の世界が、そこにはある。

名人伝


2025年3月20日木曜日

「かもめ」読解顛末

 読解は筋力は使わないが体力は使う


作品を読解すると、頭が少しすっきりする。わけのわからないものを、わけがわかるようにすると、頭は負担が減ってどんよりした感じが少し減る。しかし、頭の良い人が自分の頭を使って整理するのと、私の読解は少し違う。やみくもな表計算ソフトへの打ち込みの肉体労働でもって能力もないのに無理やり整理する。結果は同じで頭はすっきりするが、実は体力を消耗している。消耗の仕方の表現が難しく上手く言えないのだが、体の芯からエネルギーが抜けてゆく感じがある。

期間的に見れば、漱石シリーズやっていた2021年あたりが一番ハードだった。どうなるかと言えば、トイレが近くなる。おなかから力が抜けた結果、大きい方に毎日二桁台という状況に成り下がった。最近ようやく少し改善した。一時の快楽は高い代償を支払うのである。

作品単品では太宰治「斜陽」が最も体力を使った。自分の内部エネルギーがみるみる減ってゆくのが自覚出来た。人間の体というか元気は、かなりの部分言葉で出来ている。ストーリーが人間を組み立てている。「斜陽」を読むために、恐らく無意識に一度自分の内部の言葉を解体し、再構成したのだろう。結果読解は出来たが、太宰の言葉解体能力と、私の言葉再構成能力には、遺憾ながら大きな差が有った。私は太宰に壊され、復旧にたいそう手間取ったのである。

ところが「斜陽」は、チェーホフの作品が元になっている。「桜の園」を指す場合が多いようだが、「斜陽」の中心がチドリであるならば、「かもめ」も十分参照しているはずである。いわばチェーホフは、私の健康破壊軍団のボスキャラである。今回健康破壊に十分注意しながら読解をすすめていった。予備運動として「ダロウェイ夫人」の読み解きやった。似たようなグジャグジャ系だと思ったからである。その上で「かもめ」にとりかかった。

しかし、やはり、敵は強大だった。段々疲労が溜まっていった。足の調子が悪いなあと思っていた。左足踵限定足底筋膜炎状態になった。

ある日少し風邪をひいた。軽かった。その日は仕事は出来た。大丈夫だなと安心したら翌日さらにひどくなった。休んで病院に行った。コロナでもインフルエンザでもなかった。安心した。薬をもらったので飲んだ。痛み止めだが、楽になってよく寝れた。でも寝ても発熱が収まらなかった。40度を超えた。でも痛み止めのおかげで安眠していた。2日ほど寝倒して、熱はあっても元気なのでシャワーを浴びれた。その時初めて気が付いた。全身吹き出物に覆われていた。

鏡を見れば顔中ボツボツである。別の医者に行った。薬の副反応だろうということだった。私は過去に、薬でそんな激烈な副反応を起こしたことは無い。幸いなことに吹き出物は全く痒くなかった。とりあえず薬を変えた。そのせいかどうか、増加も止まった。やがて熱は引いた。元気はないが不快さもない。見た目が悪いだけである。2週間ほどでだいたい治った。2月下旬の出来事である。今でもカサブタはかなり有る。

その時間

やっぱりチェーホフは難物である。でもよい体験もできた。本日は2025/3/20だが、10日ほど前のある日の午後3時~5時の間、その時間があった。「その時間」とは溜めていた知識と解釈が有機的に結びついて、全体の内容が見渡せる始める、そういう時間である。見渡せるというとスカっとさわやかな感じだが、体感的には体内部のシコリのようなものがみるみる融解してゆく感じである。こういう意味不明作品で引っかかるのは大抵ラスト近辺なのだが、視点が冒頭まで及んで、全体の中で細部を考える時間、疑問が氷解してゆく時間、主体的に考えると言うより受動的に霧が晴れてゆく時間、それは作品読解の際には多かれ少なかれ有るのだが(大抵寝っ転がっていると来る)、2時間というまとまった量で体感できたのは初めてである。至福だった。

20代の時、似た体験が実は一度あった。同じように夕方だった。9月くらいの秋の日だった。西日が強かったのを憶えている。なぜか「貨幣」について陶酔の30分を過ごして、結論が出た。貨幣は増え続けるものであると。

他の人はこんな体験をしているのか。岡田英弘が、魯迅だったか誰だったか、伝統中国における勉強について書いていた。中国の識字階級の少年は、センテンスを無理やり暗記させられる。暗記しているので書けと言われれば書ける。でも実は意味はさっぱりわからない。意味がわからない文字列を、大量に詰め込まれる。

そしてある日、その時間が来る。ふと「あの文章のあの場所は、実はこんな意味なのではないか」と思う。するとそこから類推して、別の文章のあの場所、また別の文章と、考えが広がって、それこそ溶けるように意味を理解してゆく。そして1週間後(だったか1か月後だったか)、全ての文章の意味がわかった。多分これは、私の体験の大幅拡大バージョンである。


元気

「かもめ」はどうしようもなく、元気がない。チェーホフが読書の中で、「その時間」を何度体験したのかはわからない。だが病的なレベルでしていただろうな、と今では思っている。対して「斜陽」はえらく元気である。私の体力は消耗したが、太宰の体力も消耗しただろうが、主人公は不倫の子を産んで元気一杯で開き直る。太宰は(犯罪スレスレの人間にありがちなことだが)開き直りの名人である。

「この世の中に、 戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです」

ロシアの運命はその後も大変だったが、現在はとにかく父を回復し、ちょっと強すぎる父かもしれないが、国家としての力を取り戻した。日本は「母の国」である。母は回復するのか。私は回復すると思っている。私の見るところ、現代女性の最大のストレスはAI社会への対応である。それさえ乗り切れれば、母は戻ってくるだろうと思っている。