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2025年5月21日水曜日

野﨑洋光の親子丼

 スーパーで売っている魚、例えば鮭の切り身などを焼くとき、基本的に一度洗うことにしている。ぬるま湯につけた後ザルに上げて、キッチンペーパーで水を拭ったあと調理する。すると魚の臭みが大幅に消える。うまみも若干減少している気もするが、臭みの減少のほうが優先度がはるかに高い。


という路線の人間なので、最近野﨑洋光の親子丼にハマっている。




野崎は鶏肉を一度お湯で洗う。それにより表面の酸化したぬめりを取り除く。結果肉の臭みが大幅に減る。するとどうなるか。鳥肉のランクが2ランク程度上がる。一般的に言って臭みが少ないほど高級ブランド肉である。スーパーの普通の鶏肉が、湯で洗うことで高級ブランド肉に変貌する。

その上で野崎は、出汁を使わない。味付けは味醂と醤油だけである。するとどうなるか。味付けがシンプルなので、素材の味が引き立つ。結果的に、親子丼を口に入れた時の味の情報量が、飛躍的に増大する。なぜそんなシンプルな味付けでよいのか。野崎いわく、

「それは流通がよくなったから」

昔は肉の鮮度という意味ではかなりややこしかった。だからこってりした味付けが必要だった。老舗のうなぎ屋や焼き鳥のタレはたいていこってりである。あれは今考えれば、鮮度の悪い素材で安定的に美味い料理を提供する工夫だった。

しかし今スーパーで並んでいる肉は、等級はともかく、鮮度的には全く問題がない。だから軽く湯で表面の臭みを取り除くだけで、本来の和食、「引く料理」が実現できる。その世界線では出汁さえも不要で、醤油と味醂に含まれている旨味と、肉、野菜の旨味だけで十分なのである。

バブル期に、道場六三郎という料理人がもてはやされた。彼は確かに実力のある職人で、私も好きだったし今でも好きである。道場いわく、「日本の料理人は工夫をしていない。日本は素材が良すぎるから工夫しなくなったんだ。それではいかん」

というわけで道場が作っていたのは、大量の鰹節で出汁をとった鍋に、チーズを入れる多国籍料理的和食だった。逆に言えばチーズに負けないように、大量の鰹節が必要だった。つまり、道場は「日本料理」を国際社会に適応させようとしていたのである。


野崎の路線はそれとは逆である。素材が年々(鮮度的に)良くなる。その時代の流れに適用させようとしている。テクノロジーの進歩に適応しようとしている。結果シンプルな引く料理、いかにも和食的な料理に回帰している。先端的だから懐古的になるのである。流通が良くなるから閉鎖的になるのである。世の中は面白い。

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