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2015年4月8日水曜日

太宰治「人間失格」解説

人間失格の主人公は天皇である。
すくなくとも第二の手記、第三の手記は歴史年表構成になっている。
(第一の手記は、神話などが入り混じって明快ではない)



少なくとも太宰は、
「誰かがこれを読んでくれる」
と思って書いた。
私見では、三島由紀夫は読めた痕跡がある。
(豊饒の海四部作は、人間失格的な構成を持つ)

太宰はそれを文中で表現している。
青文字で書いている、
コメとトラ、シノムニとアントの章である。
逆の読み方をしろ、と。

そろそろ太宰の意図を、世間一般が理解してあげるべきだと思う。
原爆投下と、御前会議での聖断は、
(若干不謹慎な言い方かもしれないが)
日本の歴史の、ピークである。
日本の歴史の最大のドラマが、あの数日間にある。

それを
原爆投下=堀木の優しい微笑
聖断=モルヒネの拒否

と表現した。

「ヨシ子は着換の衣類をいれてある風呂敷包を自分に手渡し、それから黙って帯の間から注射器と使い残りのあの薬品を差し出しました。やはり、強精剤だとばかり思っていたのでしょうか。

 「いや、もう要らない」

  実に、珍らしい事でした。すすめられて、それを拒否したのは、自分のそれまでの生涯に於いて、その時ただ一度、といっても過言でないくらいなのです。自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされているのでした。けれども、自分はその時、あれほど半狂乱になって求めていたモルヒネを、実に自然に拒否しました。ヨシ子の謂わば「神の如き無智」に撃たれたのでしょうか。自分は、あの瞬間、すでに中毒でなくなっていたのではないでしょうか。」

このフレーズは、日本史上最大の瞬間であると同時に、
日本文学最大の瞬間であると思う。