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2020年1月5日日曜日

論語について 4

真説氏の見識はかなり大胆なものである。
もちろん証拠はなく、あくまで仮説なのだが、ほかの説だって全部仮説である。
現場に行けるわけじゃなし。

真説氏の説:孔子の父はある町(都市国家)のボスだったが、魯の季孫氏に殺され、孔子の母は季孫氏の家内奴隷となった。
孔子も奴隷だったが、頭の良さを見込まれて図書室での勉強をさせられ、
結果として当時最大の知識人になった。

実際孔子の父に関して伝わっていることは、大力の勇者であったということだけである。
しかも孔子は父の墓所を知らない。ようするに孝ではない。孝の本家本元が孝ではない。
だからこれくらいのことがあったとしても、全く不思議ではない。
なぜ孔子が弓射や馬車の制御ができたかという疑問も解消する。

先に季孫氏と言ったが、当時魯の国は季孫氏、孟孫氏、叔孫氏の三氏が国政を壟断して王には権力がなかった。三氏とも王家から臣籍降下した家柄である。源平藤橘が政治をやっている状態だったのである。孔子はその季孫氏の奴隷だったのだろうと。

真説氏はさらに仮説を加え、「孟子は孟孫氏だったのではないか」と言う。なにしろ類推以外の証拠がない。ないのだが私には注目すべき仮説と思われる。

孟子は今日我々が見る論語に多大な影響を与えた人物である。最大の編纂者かもしれない。その孟子が孟孫氏出身となると、論語の中身は政治的意図にみちみちた、プロパガンダ文章だったはずである。その文章を、後世の人々は「聖賢の言葉」「道を示す言葉」としてとらえた。捉えてしまった。単なる勘違いである。

だから普通に読むと頭の固いおじさんの言葉集でしかない。おそらくそれが自然な反応である。しかし何度も読むうちに、自分で自分を洗脳してしまって、人生の指針のように思えてしまう。

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