翻って、第一部冒頭の母と医者との会話を考える。
植物にも意識がある、という医者の主張も、
ダンテの神曲由来のものである。
「地獄編」の中で、
自殺者が樹木になって苦しむ描写がある。
ところで
作中の医者はなんとなくドイツ系の雰囲気で、
作中自殺したのはヒトラーである。
冒頭のシーンはヒトラーのソ連侵攻を暗示していたのである。
では第一部の少年時代の描写、
母の印刷工場でのシーンはどうだろう。
一瞬だが、ポスターにスターリンの顔が映っているのが見て取れる。
ということは、鏡像としてそこに対応する、
第三部知人宅での頼みごとのシーンの鳥の首を切る行為は、
スターリンの虐殺を暗示しているとわかる。
同国人を殺傷するという、望まない行為を強制された時代であった。
全編のクライマックス、空中浮揚のシーンに続くことから、
スターリン批判、スターリンの同国人虐殺が、
この映画の隠された主題であると判断できる。
ソ連は、あるいはロシアは、
かつてモンゴルタタールの侵入を受け、
スペイン内戦に関与し、
ヒトラーの侵入を受け、
中ソ国境紛争に巻き込まれた。
内にあってはスターリンという虐殺王の支配を受けた。
しかし、その歴史は克服された。
母と、父と苦難を共有し、
主人公が鳥になることで。
全体の構成再び見てみよう。
(第一部)
1、草原と若い母と旅の医者(幼年時代)A-1
2、母の印刷工場時代(少年時代)B-1
3、別れた妻との会話・カラー(成人時代)C-1
(第二部)
4、戦争の時代の記録映画(幼年時代)A-2
5、イグナートの留守番(成人時代)B-2
6、兵役訓練(少年時代)C-2
(第三部)
7、別れた妻との会話・モノクロ(成人時代)C-3
8、母とたずねた田舎の家での営業(少年時代)B-3
9、草原と老いた母と主人公(幼年時代)A-3
となる構成にしたがって、私なりに読み解くと
1、侵攻を喪失したロシアに、ヒトラーが接近した。ヒトラーは去ったが、国土は焼かれた
2、その後、圧制の時代になった。一言半句の間違いが命取りになる時代。
3、圧制も終わり、通常の生活の中でも、過去のスペイン内戦介入の残滓は引きずっている
4、スペイン内戦介入から始まる、全ユーラシアの戦乱の時代
5、思えばタタールの侵入以来のロシアの宿命はまさにそこにあった。全ての苦難を引き受けてきた
6、戦争で傷ついた教官が、両親を封鎖で亡くした少年に軍事訓練をほどこす。
苦しみの連鎖。少年たちは心の鳥(希望)を握り締めてしまう
7、一見平穏に見える現在の生活も、内実は非難と疲労で成り立っている。
涙の中から宗教への希求が立ち上がる。
8、強制されたとはいえ、最悪だったのは、スターリンの粛清の時代である。
だが、最悪の悲劇の中にも、意味は存在する。他者の苦しみを請け負うという意味が。
母なる大地の苦しみに、父なる神も寄り添う。子である人民も寄り添う。
9、歴史は克服され、ロシアの焦土化も回避される。
握り締めた希望は飛び立ち、主人公自身も鳥となり、希望を体現する
以上で「鏡」解説は終わりである。
映画史上屈指の難物といいえる作品だが、
ほぼアウトラインは描写できたのではないかと思う。
全編でダンテの神曲の影響が強い。
影響の最たるものは3という数である。
全編は3分割され、
それぞれさらに3分割される。
第一部と第三部は鏡像になっている。
地獄のような二十世紀ソ連にあっても、
なおも天上界を希求する姿勢の見える作品、ともいえる。
空中浮揚から希望へと続くストーリー構成は、
サクリファイスに大変近い。
「鏡」に対しては、
黒澤明の、
「脈絡が無いのが思い出なのだから、この映画は考えずに鑑賞すればよいのである」
という説明が有名である。
キリスト教の信仰や、スターリン批判を含んだ映画は確かに、
下手に細かく解説するとまずかったのかもしれない。
もうソ連で映画を作れなくなってしまう。
もっとも、本当に理解できずに、それでも感性だけは強いので、
感性だけで強引に鑑賞してしまったという可能性も捨てきれないのが、
黒澤の恐ろしいところである。
実際には、ガチガチの構成の作品である。
構成力のみで作られている印象さえ受ける。
同じように「神曲」の影響の強い作品、
「風立ちぬ」のDVDがそろそろ発売だから、
そちらの解析に移らなければならない。
「鏡」の冒頭に吹く風、あれはヒトラーの侵攻であった。
「風立ちぬ」の震災の描写はそれにそっくりだが、
象徴している内容も、似ている。
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