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2014年7月30日水曜日

風立ちぬ・解説26

鈴木Pの「最後の平原はダンテ神曲の煉獄である」という発言から、
全体を見直してみる。

ダンテの神曲「煉獄編」は、
地獄編、天国編と同じく33章からなるが、
主題になっているのは7つの大罪の罪科のつぐないである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%9B%B2
より

第一冠 高慢者 - 生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げる。ダンテ自身はここに来ることになるだろうと述べている。
第二冠 嫉妬者 - 嫉妬に身を焦がした者が、瞼を縫い止められ、盲人のごとくなる。
第三冠 憤怒者 - 憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発する。
第四冠 怠惰者 - 怠惰に日々を過ごした者が、ひたすらこの冠を走り回り、煉獄山を周回する。
第五冠 貪欲者 - 生前欲深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させる。
第六冠 暴食者 - 暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。
第七冠 愛欲者 - 不純な色欲に耽った者が互いに走りきたり、抱擁を交わして罪を悔い改める。

山頂 地上楽園 - 常春の楽園。煉獄で最も天国に近い所で、かつて人間が黄金時代に住んでいた場所という。


鈴木Pの言う平原は、山頂のことであろう。
そして風立ちぬは、
場所も章立ても7つに分かれている。


7という数字について、私はヨハネの黙示録の影響と考えていたが、

直接的には「煉獄編」の影響と考えたほうが確からしいだろう。

そこでさらに、以前考察した「タバコを7回すう」「鉄道に7回乗る」などを当てはめてみる。



七つの大罪がそれぞれ七回出現する、マニアックな構造になっている。
鉄道など菜穂子搭乗と混ざって私は考えていたのだが、
次郎の物語だから行動は全て次郎のものである。

なんでここまで細かく考えなきゃいけないのかと思われる向きもあるだろうが、
宮崎駿は普通に人類史上有数の芸術家である。
バッハやベートーヴェン同様、細かく解析できる作品を、作れるひとなのである。

タルコフスキー「鏡」の解析想起いただきたい。
ダンテの神曲、「地獄編」を参照しているが、
タルコフスキーは「3」にこだわって映画を組み立てた。

http://yomitoki2.blogspot.jp/search/label/%E9%8F%A1

宮崎は同じ神曲だが、煉獄編の主題である七つの大罪である「7」にこだわって、
映画を組み立てたのである。

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